第128話

 いくつかの停留所を過ぎ、目的の場所で二人は下車した。

 辺りを見渡すと、どれも高い塀に囲まれ、区分の広い家ばかりだった。


「おっきなお家ばっかだねー」

「お前ん家も広いじゃん」

「でもこんな高い塀も樹もないし。どのお家も古そう」

「確かにな」


 少し歩くと、住宅以外の建物もある。結婚式場用ではない教会は、広く門が開かれている。門前に警備員が立っている建物はどこかの領事館のようだった。


 地図アプリを頼りに歩き続け、目的地へ着いた。


「ここか……」


 二人はその建物を見て圧倒された。ここへ来るまでも広い邸宅がいくつかあったが、そのどれよりも広く大きく、歴史がありそうだった。

 建物の背後には森のような植栽がそびえたつ。綺麗に区画が区切られた一帯の一番奥で、まるで周囲を睥睨するかのような威容に、ここが自分たちの両親の家だ、と、すぐに飲み込むことは出来なかった。


 言葉が出ないまま、伊織は正門へ近づく。表札は青銅らしく、錆びているものの、『千堂』の文字がはっきり読み取れた。

 門にはしっかりと錠が掛けられている。中を伺うが、人がいる様子はない。それだけでなく、もう何年も出入りが無いような冷たい空気が吹き出してくるようだった。

 ただ、庭木は綺麗に剪定され、雑草どころか落ち葉すらほとんど見当たらない。気配を感じて顔を上げると、高い塀の縁を黒猫が歩いていた。伊織の視線に気づくと、敷地内に音も立てず飛び入ってしまった。


「誰も住んでなさそうだな」

「……もし住むとしたら、うちか伊織くん達なんじゃない? だから……空き家なんだね」


 家、というより館と呼んだほうが相応しい大きな建物を前に、二人は取り付く島がない。建物は目の前にあるのに、扉を開けて、塀を乗り越えて中へ入ろうとする意思を端から拒絶してくる。

 その見えない壁は、文哉や桐子にも通じるものだった。

 それが、千堂、なのだろうか。

 そう考えたところで、一花は無意識に伊織の腕にすがる。伊織は取りすがられた側だったが、逆にリアルなぬくもりに人心地がついた気がした。


 そのまま塀沿いに敷地を一周する。数か所裏口らしき扉があったが、全て鍵がかかっていて開けることは出来なかった。


「……誰もいないね」

「そうだな……。入ることも出来なそうだな」

「こんな大きなお家なのにね」

「手入れはされてるみたいだけどな」


 恐らくそれも文哉の差配なのだろう。今の当主は文哉だ。全ての所有者で責任者なのだから。

 伊織はぐるりと周囲を見渡す。どの家も大きく立派だが、土曜日にも関わらず通りに人影はないし話し声も聞こえない。時折聞こえる鳥の泣き声と葉擦れの音がやけに大きく響く。


「あ」

「……どうした?」

「ううん、この家、何かに似てるなって思ってたんだ。あれ、ディズニーランドのホーンテッドマンション」

「……お化け屋敷かよ」

「でも、似てない?」


 遊園地のアトラクションに喩えるところが一花らしいが、一気に肩から力が抜けた。


「まあ、似てなくもないかもな……。人間じゃなくて、幽霊が住んでそうだよな」

「怖いこといわないでよ」

「お前が言ったんだろ」


 どうでもいい会話を続けながら、ここではこれ以上の情報収集は無理だろう、と伊織は判断する。とりあえず後から調べるために写真だけでも撮っておこうとスマホを取り出したところで、背後から車のエンジン音が聞こえてきた。

 

 邪魔にならないよう端へ避けたが、予想に反して車は千堂家の正門前に停車する。

 驚く伊織たちの前に、背の高い男が降り立った。サングラスを外しながら近づいてきた男も二人に気づき、伊織たちよりも驚いた顔をした。


「お前……広瀬のとこの坊主か?」

「……え?」


 あえて広瀬の名を出しながら、松岡は伊織を上から下まで眺める。


(顔は桐子似だな。色の白さも、茶目も同じだな)


 しばらく会えていない女の面影を見つけ、知らずに微笑みかけていた。

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