第124話
出演するCMの撮影が終わった、と、剣から連絡があった。
『近いうちに会いたいです』
ドラマはそろそろ脚本は完成するが撮影はまだだ。他のキャストもほぼ決まり、近く顔合わせが入るだろう。そうなれば、劇団の公演に出演しなくても剣は多忙になる。その前に、ということかもしれない。
剣の気持ちも言い分も分るが、桐子はここで受け入れるつもりはなかった。そもそもドラマで話題になることを見越して会うことを控えようと言ったことを、もしかして忘れているのだろうか。
重ねて注意しなければいけないのだろうが、あの時の剣の激昂を思い出すと気が重い。とはいえ、今までとは周囲の目が違ってくることを、剣には認識してもらう必要がある。自分と、だけではない、他の女性も含めて気を付けるように、というのが、局側の要望なのだ。
『二人で会うことは出来ない、って言ったよね』
はっきりと「会わない」と言わないあたりに自分の小狡さが見える。しかし環や植田がいるなら問題は無いのだ。
そう思った時に、また自分に自分で問う声が響く。
(剣くんに会いたいの?)
何の懸念も疑惑も下心もなく、ただ彼の顔を見たい、という理由だけで考えた時、果たして自分は会いたいと思うのだろうか、と。
桐子の中で答えが出る前に、剣から追加のメールが届いた。
『ドラマの役作りで相談がしたいんです、先生』
まるでこちらの胸の内を読んでいるような返事に、桐子は剣に流されるほうを選んだ。
◇◆◇
「なんで稽古場……?」
役作りを相談したい、という剣の言葉通りに、桐子は植田の劇団の稽古場に剣を呼び出した。
「役作りの相談なんでしょ? ほら、何に悩んでるのか話してごらん、田咲くん」
どこか悪戯に成功したような楽し気な笑い方をする桐子に、剣は頭を抱えたくなる。役作り云々が口実に過ぎないことは桐子に伝わっていたはずなのに、それを盾に取られるとは思わなかった。
「ここじゃ何も出来ない……」
「当たり前でしょ、言ったじゃない、暫くは会わないって」
「この前は部屋まで来てくれた」
「お見舞いと看病です。もう風邪は治ったでしょ」
「撮影現場も来てくれた」
「環に呼び出されたのよ」
「俺、まだ全然有名じゃないから大丈夫だよ」
「楽屋口に
言いながら、よく今まで誰にも咎められなったものだと、桐子は胸の内で冷や汗を流す。今までは運が良かっただけなのだ。剣のような目立つ男と連れ立っていれば、いずれ人目についていたはずだった。
ドラマ出演は、いい区切りなのだ。それは、桐子にとって。
「それに、私がここにいるほうが便利だって植田さんにも言われたの。だから付き合って」
「……やっぱりちょい役でいいから俺の役作ってよ」
「そんなの、私じゃなくて植田さんに言いなさいよ」
「ダメだよ、俺抜きでやるって決めてるんだもん、あの人」
「おう、いつもお前に甘えるわけにいかねえからな」
突然背後から話しかけられ、二人同時に飛び上がる。植田がいるのは分かっていたのに、すっかり油断していたようだった。
「甘えるって、なんすか」
「客の入りのことだよ。お前が出るようになってから大入り日が続いてたんだけどな、案の定、キャストにお前の名前がないから、今回はチケットの売れ行きが厳しいんだわ」
桐子も剣も驚く。元々一部の演劇ファンには評判が高かった劇団なのに、植田が顔を顰めるほど違いがあるらしい。
「だったら俺出してくださいよ。役名もないちょい役でいいから」
「今からそれやったらお前頼みの劇団だって言ってるようなもんだろ。そんなの、他の奴らのプライドが許さん」
植田はそう言いながら、ゴン、と音がするくらいの強めの拳骨を剣の頭に落とした。
「……ってー。でも、チケット売れないと困るじゃないすか」
「いいんだよ。お前がこの先もずっと出演し続けられるとは限らないんだ。そうなっても俺達はやり続けなきゃいけないんだからな、今回はその試金石だ。それにお前だって、自分がいなくても俺達が回っていくほうが、自分の仕事に専念しやすいだろ?」
なあ? といって、さっき拳骨を落とした場所を優しく撫でる。乱暴なのか優しいのか、その落差が彼らしく感じ、桐子は笑った。
しかし剣は、痛みに顔を顰めるふりをしながら、二人のように笑うことが出来ずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます