第123話
一花の戸籍謄本を取得した。役所で手続きをするのは二人とも初体験だったので緊張したが、私服の一花は高校生にすら見えなかったようで、手取り足取り教えてもらえた。
「……いつまで笑ってるのよ」
「ぷっ、くくっ、ごめん、だって最後まで高校生って思われなかったよな、アレ」
「どうせチビです……」
ぷっと頬を膨らませながら、もらった書類を開く。一花と文哉の名がある。母の欄には『死亡』と書かれてあった。
本籍地住所を見ると、今の一花達の住所とは違う。都内だが行ったことがない場所だった。
伊織も同様に横から覗き込む。
「次はここだな」
本籍地住所を指さしながら言った。場所を訪ねるだけなら休日でも行ける。文哉が家にいる日なら、外で遭遇する確率も下がるから安心だと思った。今度の週末でいいか? と聞いてくる伊織に、一花も同意した。
一花は書類を封筒に戻し、丁寧にバッグへ仕舞う。
「さて、じゃあ難しいことはここまで。あそぼ!」
「ゲーセンだぞ」
「わかってますよ、音痴なんだもんねー」
伊織は一花の額に半ば本気のデコピンをした。
◇◆◇
文哉の依頼で各務について調べている松岡は、調査がとん挫していた。
『各務靖』の名前で過去をさかのぼっていったところ、途中で情報が途絶えてしまったのだ。
地域、出身校、関係者や関連企業を当たっても、その名前が出てこない。
(なんだこいつ……。どこへ消えた?)
海外へでも行っていたのか。しかしそれなら、各務の年齢からして、長くて十年というところだろう。しかし二十歳前後を境としてそれ以前に『各務靖』が存在しないのだった。
調査対象を広げたところ、同じ氏名の人間は数人いた。しかし年代や居住地域が全く違ったり、既に故人だったりなどで、松岡がターゲットとしている各務ではなかった。
だとすると、もう一つの可能性は改名だった。
そうなると、どのタイミングで変更したのか、それ以前の名前は何だったのか、など、新たな手掛かりが必要になる。
(直接近づいたほうがいいか?)
一度は二人で食事を共にした仲でもある。理由を考えて呼び出し、尻尾をつかめれば御の字だと思い、今度はその口実づくりを思案し始めたのだった。
◇◆◇
桐子は食事の用意が出来たことを、帰宅したばかりの広瀬に告げた。
夫婦二人だけの夕食にも、次第に慣れてきた。最初は伊織がいないことへの淋しさと、作る料理の分量を間違えて作りすぎてしまったり、といった失敗も繰り返したが、それも最近は減っていた。
今日も食卓には、広瀬の好みの料理が並ぶ。意識していたわけではなかったが、普段は伊織を中心に献立を考えていたことを今頃認識した。
その料理のひとつを摘まみながら、広瀬が口を開いた。
「来月、現地を見てくるように、って会社から言われたんだ。住まいとか、周辺の環境を確認してこいって。もし行けたら君も一緒に行こう」
「……現地?」
「うん。君が来るのは少し後だけど、それでもいつかは生活する場所だし、実際に住み始めたら僕や伊織よりも君のほうが現地を知っておいた方がいいだろう。ある程度住みやすいエリアを選んでいいとも言われているしね。アパート探しも兼ねて、って感じかな。……どうする?」
桐子は脳内で仕事のスケジュールを考える。
「日数はどれくらい?」
「往復分も含めて一週間くらいじゃないかな。向こうもクリスマスシーズンになるとホテルが取れないしね」
来月の一週間ならどうにか調整可能だ。並行して進めている二つの仕事も順調に進んでいる。念のため坂井と植田に断りを入れるが、どちらも否とは言わないだろう、と判断した。
「多分大丈夫だと思うけど、一応植田さん達に確認してみるわね。伊織は? どうするの?」
「学校もあるし、あいつは今回はいいだろう。転入先の資料はもう手元にあるしね」
「じゃあ、帰ってくるまでは兄さんのところでお世話にならせてもらった方がいいかしら」
「お義兄さんがご迷惑でないなら」
「分かった、聞いておくわ」
返事をしつつ桐子はなぜか、自分が何かを置き去りにしたままどんどん列車が先へ進んでいくような心許なさを感じていた。
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