第2話 弟との楽しい思い出

 あずきを連れて帰り、私はあずきとの生活が始まった。七歳だったから、学校に行かなければならなかったけど、すぐに帰ってきて寝ているあずきを傍で見守っていた。毎回毎回、自分のランドセルを放り投げてしまったから、お母さんによく怒られた。靴もひっくり返って、片付けを命令された。学校で授業があっても、頭の中はあずきの事でいっぱいだった。。そのせいで、小テストの点数が少しだけ下がってしまった。勉強とあずきとの生活の両立が難しいということをこのときに知った。

 あずきがハイハイで動けるようになった時、よく私はあずきと一緒に積み木で遊んでいた。言葉を話せないあずきだから、無言で遊んでいたけど、とても楽しかった。家の中で自分以外の子供と遊ぶのは、初めてだったから、とても楽しいと感じることが出来た。二人で簡易的なお城を作ったこともあった。とは言っても、柱の積み木2つの上に三角形の積み木を置いただけの、お城ではなく門のようなものだったけど。

 時々、喧嘩してあずきを泣かせてしまったときもあった。泣かせてしまった後はお母さんにめちゃくちゃ怒られてしまった。

 

 あずきが言葉をある程度喋られるようになった頃、家族で水族館に行く事になった。近くにある大きな水族館。何回も行った事のある水族館だ。私は使い慣れたベビーカーを押して行った。この頃、私の身長よりまだベビーカーを押す取手のほうが高くて、全く前が見えなかった。両親は「変わろうか?」と優しく声をかけたけど、まだ子供だった私は頑固で、あずきのママ役を譲ろうとしなかった。「さち! おせわする!」って言葉、今でも忘れていない。

 「あずき、大丈夫〜?」

 あずきが生まれて一年経っていたから、当時の私もだいぶ喋れるようになっていた。まだ難しい言葉は分からなかったけど。

 「あぁう」

 あずきはまだ言葉をうまく話せず、話せたとしても発音が違ったり、言い間違えをしたりしていた。特に私の名前、「さち」という名前を間違えやすかった。彼は一歳くらいから少しだけ言葉が喋れるようになった。大半の赤ちゃんがこのくらいの年から喋始めるから、別に珍しいことでもなんでもないんだけど。

 水族館ではペンギンやイルカ、大きなカニや大きなサメを見た。大きなサメが近づいた時、あずきは泣いていた。突然大きな存在が、自分の方に近づいてくるのだから、そりゃあ怖いけど。

 四人で水族館を歩いていた時、お母さんがある看板を見つけた。それは水族館のショーに関する看板だった。その看板を見たお母さんは、当時の私と劣らないくらい目をキラキラさせていた。そして、私達三人を誘った。

 「二人共、この水族館のショーを見に行きましょうよ!」

 断る理由もなかったし、当時の私も水族館のショーを見たことなかったから、ショーを見ることにした。大混雑だったから、一番前で見ることは出来なかったけど。白と青で構成されたステージは、幼い私達にとっては未知の場所だった。未知だからこそ、好奇心が刺激されてショーに見入ったのだけど。

 ショーの席は一番うしろだったけど、それでも大迫力のショーを見ることが出来た。ペンギンに、アシカなど様々な動物を見ることが出来た。だけど、もっと迫力を感じられる一番前の席が良かったかなと、今でも思う。あそこなら、後のショーで水しぶきがかかって、水族館のショーを見ているんだなと実感することが出来るから。

 ショーは後半に差し掛かって、ある生き物のショーになるとあずきが興奮しだした。

 「続いて、シャチのパフォーマンスです!」

 「しゃち? しゃち!」

 シャチという言葉を聞いた瞬間、あずきは私を見た。私の名前は「さち」。似ていると思って見ていたんだろう。

 「さちはシャチじゃない!」

 「しゃち!」

 まだ一歳だったのに、お姉ちゃんをからかう事が出来ていた。あの時はむぅーなんて思っていたけど、あれはあずきの成長だったんだなって今は思う。

 だけど、シャチの黒と白の模様は私らしいなと思った。今でも私はいつも黒と白が目立つ服装をしているから。幼い時は無意識だったんだろうけど、今はこの出来事がきっかけで、黒と白が好きになったのかもしれない。

 その後、水族館の売店でほしいものを一つ買ってもらえた。私はあずきと同じものを買ってもらえた。あずきがシャチの事を忘れられないのか、シャチのぬいぐるみを要望した。一歳の年齢の子なら、丁度抱き枕に出来る大きさのぬいぐるみを。選ぶ時、シャチが目に入った瞬間「しゃち! しゃち!」と必死でほしいという思いを連呼していたあずきには、私は少し複雑な思いを抱いていた。からかわれているけど、お願いするあずきはとても可愛いなって。てこてこ歩いていって、あずきにとっては少し高い位置にぬいぐるみが置かれているから、取ろうと必死にぴょんぴょん跳ねていた。複雑な思いだけど、ずっと見ていたいなって思った。そんな事は叶わないって、幼い頃から分かっていたはずなのにね。


 その後も水族館だけではなくて、色んな所を訪れた。桜が舞う、晴天の神社。自分以外の動物の生活を見ることが出来る、動物園。夢の中にいるような、遊園地。宝石が散りばめられたかのような夜景が見える、タワー。どの景色も、四人、笑顔で巡っていた。宝石のようにキラキラした明るい思い出。それを全部詰め込んだ私の脳は、まるで宝石箱のようになっている。

 そして数々の思い出から、あずきの人生を華やかにしたまま、終わらせたいという両親の思いが伝わってくる。当時の私には、難しい事だったけど。あずきとの思い出はとても楽しくて、ずっと彼と一緒に遊んでいたいなって思った。彼も私も、両親も笑顔で過ごしていた。

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