6日目

部屋に入って一番に目に映ったのは、真っ白のキャンパスと最近買った新しい絵の具。


僕が見つけた、僕がしたい。絵を描く夢。


もう12時を回った時計。

いつもなら寝ている時間だけど、体には不思議と力が溢れていた。






筆を手に取る。


この町のスイとの思い出を忘れないように白いキャンバスに詰め込む。


堤防からの景色を、満点の星空を、そして彼女との時間を。


会えるのは明日で最後だから。







夢中で描いた。

窓からはもう白い光が差し込み、部屋の中を照らしている。鳥が元気よく朝を告げる。


徹夜したのは1学期のテスト期間ぶりだろうか、

瞼が重くて、少し動悸がする。


もう一度、キャンバスに目を向ける。

僕の思いを詰め込んだこの絵は今までで一番の出来だ。


これはもちろん、母さんに見せる訳でも、僕の自己満足で持っておく訳でもない。


他でもない、彼女に…







すっかり無断で家を出るのが得意になってしまったようだ。


駆け足で堤防を目指す。


「おはよう!」


僕の大きな声に驚いてスイは振り向く。


昨日見せた笑顔と同じくらい輝く笑顔で「おはよう!!」と応えてくれた。






いつもみたいに道端に座って堤防からの景色を二人で眺める。

いつもみたいに何気ない話をしたいのに、今日で最後だと、嫌でも考えてしまう。


とにかく、あの絵をスイに渡したい。

僕の思いを限りなく込めて描いた絵を。


「これ、スイに勇気づけてもらったから、今度は僕の番。夜中に、この1週間の思い出を忘れたくなくて詰め込んだんだ。」


絵の中の少女は1等星に向かって手を伸ばす。

堤防のある町で、踵を浮かせて、目に映っているのは満点の星空だけ。


いつか見つかる。いつか届く。

言葉にはしない。絵で伝えたい。


今度はスイが泣きそうな表情で、無理に笑おうとしながら僕の絵を受け取る。


「ありがとう…!!」


僕も昨日は今のスイみたいな顔をしてたのかな。

ちょっとおかしくなったのと、スイが喜んでくれた嬉しさで、ふふ、と笑う。


僕の絵が誰かの力になれたら、それ以上の喜びはないと、心の中で噛み締めた。






「今日で会えるのは最後…。明日には東京に帰らないと。」


二人の感情が少し落ち着いてから、僕は声に出した。1週間だけこの町で過ごすと言っていたから

分かっているようだったけど、スイは

「うん……。」と寂しそうに頷いた。


でも、最後は二人笑顔で別れたい。


「来年は来れるか分からないけど、いつか必ずここに来るよ!きっと、夢を共有できるときに…!」


「うん!絶対な…!!」



堤防に吹く爽やかな風が、ここでの出来事全て、

空の中へ、未来へ運んでいった。

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