4日目
今日も天気が悪い。もうあと少ししか、この町にいられないのに。今日を入れてあと4日、最終日は東京へすぐに出発してしまうから、ここで過ごすのは実際にはあと3日。
来たばかりの頃は「帰りたい」としか思っていなかったのに。今は…堤防の空気を思い出して口角が上がる。
今日も相変わらずスイが堤防にいた。
初めて会った日は、住んでいる場所とか、好きなものとかを聞いたけれど、今日は何を話せばいいかな。
考えていると、スイが元気よく口を開く。
「セイは夢とかあるん?」
唐突だ。スイも母さんの知り合いと同じ夢の話…。夢なんて、重苦しい未来の話。まだ親にもしていない。
おとといも適当に言って誤魔化してしまった。
母さんはいつも「たくさん勉強して、お父さんみたいな立派な職業に就きなさい!」なんて言っている。
「絵描きになりたい。」
とか言ってしまえば猛反対されるんだろう。
少し表情が曇った僕を見ると、スイは「あ、言うん嫌やったら全然言わんでいいよ。」と、焦って両手を振った。
その優しさと焦りで和んだ僕は、初めて他人に言った。
「絵を描く職業、絵描き…になりたい。」
ぱあっと、夜空の1等星のように華やぐスイの表情が、僕の目に映った。
「素敵やねぇ…!!」
と、なんだか期待に溢れた嬉しそうな声だ。
僕の気のせいじゃなかったら、スイは、期待と尊敬に溢れた表情をしていたと思う。
でもなぜなのか、ほんの少しだけある、寂寥感。
「まだ親にも言ってないんだよ。スイと話すと気が楽だから言っちゃった。」
「言っちゃった。って親にもまだ言ってないん…!?なんで?」
それは…言うと多分否定されるから…と言おうとしたときにやっと気づいた。
否定されると決めつけていたんだ。絵描きへの道は狭き門だろうけど。
「そんなもの描いたって時間の無駄でしょ?」
母さんにそう言われたのは去年の夏休みだったか。
あの言葉を気にして今まで言わなかったけれど、
そのときは宿題も終わっていないのに絵を描いていた僕に腹を立てていただけかもしれない。
それに母さんが認めてくれるような絵を描いたら、もしかして…
「お母さんとかに言ってみたら?セイの絵すっごく繊細で綺麗やったし。」
「……うん!」
僕の返事に彼女の表情が明るくなる。
そのとき、ポツ、と腕に雫が落ちてきた。
汗はかいていないから、これは雨だと瞬時に判断する。
「これからもっと降りそうやね。帰ろうか。」
とスイも気づいて言う。僕も頷いてバイバイと手を振った。
「はぁ〜、今日は一緒に星見たかったのになあ。
明日雨降ってなかったら見に来てよ、夜8時くらい
に…!」
帰ったら家には誰もいなかった。やっぱり母さんも叔母も忙しいようだ。貸してもらった鍵で建て付けの悪いドアを開ける。
冷蔵庫から余りのスイカを食べると昨日よりも甘い。心なしか、昨日のぬるいラムネの味を思い出した。
今日か、明日か、近いうちに母さんと夢の話をしよう。スイと話して、今はなんだか希望に満ちている。
スイカの皮をゴミ箱に投げ入れて、そのあと宿題をしていると、いつの間にか寝てしまった。
起きると、母さんも叔母も帰っていて、ぐったりとしていた。
1日中外出して疲れたあと帰った家が、エアコン無しなのだ。さすがに過酷だ。
「来週にはエアコン修理なんだけど、ごめんねぇ。」
と申し訳なさそうに叔母が話している。
2人とも大変そうだし、大事な話は明日にしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます