第三話 入学式

 「新入生の皆様。この度はご入学おめでとうございます。寒い冬も終わり暖かい風が吹くと共に本校にもこの様に明朗で新たなる風を迎えられた事をとても嬉しく思います。本校の歴史は…」


どの学校どんな学校でも恐らく変わらないであろう学校の長の長話。


それが始まると人生経験18年以上の新入生達は長くなることを察し、うたた寝をする者、近くの者と話し始める者など各々この退屈な時間をつぶし始める。


 しかし流石は大学の入学式だけあって式場は広大且つ豪華なもの。


天井を見上げればこの広い空間を隙間なく照らそうと言わんばかりに強く光るライトが目をチカチカとさせ、横を見ても遠くに座る新入生の顔などまるで分からない。


けど、この空間を持ってしても今、式場内は人ですし詰め状態。


冗談抜きで1000人近くの人数が集まっていそうな程に人で溢れている。


そう意識すると何だか息苦しくなり、少しだけ緊張感が出てくるだろう。


そしてこの男、小牧傑士も例外にもれず鼓動を早くさせ、表情を強張らせ、自分と同じ新入生達が並び座る中で焦燥感に駆られていた。


(まずい…どうしよう…もう皆周りと話し始めてしまった)


つい最近まで大真面目人間として生きてきた自分にとって式とは厳粛とした場で人と話すなど言語道断。


自分が生徒会、生徒会長を務めてきた事もあり、聞き手が自分の話に耳を傾けてくれない苦しみも知っているし、それを是正する仕事もこなしてきた。


そんな根っからの真面目人間な傑士にとって式の最中に話すという発想はなく、他者も話すにしてもここまで話し込むとは思っていなかった。


入学式の始まる前に比べたら喧騒は小さくなり、皆それなりに気を遣って小声で雑談をしているもののそれが寄り集まって大きくなり、壇上で話す理事長の話が断片的にしか聞こえてこない。


昔から柔軟性に乏しく、予想外予定外の事が起きるとすぐにパニックになる傑士は案の定少しパニック状態に陥っていた。


しかしそんな中でも何とか頭を活動させ、今の自分がやるべきことを冷静に見極める。


(ダメだダメだいつまでもじっとしてたら。俺も自分から話しかけないと!)


自分にとって考えられないことであっても他の新入生、彼らにとっては普遍的な事。


それに理解に苦しんでいるのは昔の自分だから。


大学生になった今からは変わらなければいけない。自分が変わらなければ状況は何も変わらない。


 焦る心でもそれくらいは理解できており、少し俯いていた顔を上げて周囲を見渡す。


「お前何処の高校だったの?」

「俺は岐阜の高校に通ってた」

「岐阜?めっちゃ田舎じゃん」

「そうなんだよ。お前は?」

「俺は愛知だよ」

「名古屋?」

「犬山」

「お前も田舎じゃんw」


隣を見ると如何にも陽キャ、スクールカースト上位層なイケイケ男子二人が早速最初の挨拶を交わしており、培ったコミュ力で地元が東海地方でない人からしたらまるで話に入れない地元トークを初対面から交わしていた。


「お前何処の学部なの?」

「俺は社学」

「えっ!?マジか。同じ学部じゃん」

「まあ隣に座らされてるってことは学籍番号が隣ってことでしょ?ということはこの辺皆同じ学部なんだろ」

「確かにそうか。じゃあこの辺皆同じ学部なんだなぁ」


そう言うと傑士のすぐ横に座る陽キャ男子が辺りを見渡し、こちらへと振り向く。


すると少し前から会話を盗み聞きしていた傑士と目が合い、その瞬間に傑士は驚き、

思わず肩をびくっとさせる。


「おっじゃあお前も社学?」

「えっあっうん。そうだよ」


目が合い少しだけ怯む傑士に対し、何のためらいもなくまるで最初から会話に入っていたかのように傑士を話に入れる陽キャ男子。


そして会話を盗み聞きしていたので会話の流れが理解しており、戸惑いながらも頷いた傑士。


「おお!よろしくな!」

「うん。よろしく」


そう言いながら陽キャ男子が差し出す拳にこれで正しいのかと疑念を抱きながらも傑士はゆっくりと拳を合わせた。


どうやら正しかったようで陽キャ男子は『よろしくな~』と言いながら合わせた拳をもう何度か合わせた。


「あっ俺小牧傑士って言うんだ」

「俺は鈴木裕人(すずきひろと)」

「俺、宮里涼(みやさとりょう)。よろしくね」


すぐ横に座る鈴木裕人が軽く自己紹介をすると挟んで向こうにいる宮里正輝が顔をこちらに出し、手を振りながら続けて自己紹介をした。


「涼は新歓どこ行くか決めた?」

「いや。まだ決めてない」

「傑士は新歓どこ行くか決めた?」

「えっ!?俺は…」


初めて同級生から下の名前、しかも呼び捨てで呼ばれ、いきなり思わぬ形で目標の一つでもあった『下の名前で呼ばれる』をクリアし、何ら自分の力ではないものの傑士の心は嬉しさで溢れる。


だがそれをすぐに萎ませて、質問の答えを準備する。


「俺は優しそうな先輩から新歓に誘われて、そこに行こうかなって思ってる」


今朝、偶然に出会い、傑士をサークルへと誘ってくれた大原先輩が所属するバスケサークルの新歓へ行く旨を伝える。


「それどこのバスケサークル?」

「えーっと…ここ」


椅子下に置いてある鞄を自身の座るももの上に置き、綺麗に整理されてある鞄の中から貰ったチラシを取り出し、二人に見せる。


「あーそこね!そこなら俺も勧誘受けたわ!」

「本当!?」

「俺も受けた。確か星野っていう三年生の先輩から」

「俺もその人!すげえ胸でかかったよな」

「ああ。エロかったよな」


如何にも男子学生らしい会話を突然に始め、自分が知らない話ということも相まって話に入れない傑士。


星野先輩というお胸が大きな人を思い浮かべ、少し思い耽る二人を邪魔するのは忍びないと感じ、数秒間間を開けた後に傑士は一つ喉を鳴らして胸の世界に入った二人を現世へと呼び戻す。


「俺はさ、大治先輩ていう二年の先輩にチラシを貰って、是非来てほしいって言われて新歓に勧誘されたんだよね」

「ほーん」


コミュニケーション能力に乏しいやつは会話に合流するのが下手くそで周りが違う話で盛り上がり、その話がまるで分からないと何を話していいか分からず、自分の話を空気もよまずに始めてしまう。


しかしコミュニケーション能力が乏しいだけなら自分の話を突然に始めたりしない。


コミュニケーション能力の乏しさに付随して仲良くなりたい、親しくなりたい、喋りたいといった感情が取り巻くことによって自分語りを始めてしまうのだ。


 案の定空気の読めない発言に興味の無さそうな声をあげる鈴木。


その声を聞いて傑士は自身の発言が何となく間違っていたことに気が付き始める。


「あっ大治先輩?俺その人知ってるよ」

「えっ知ってるの?」

「うん。確か二年生の中で一番モテてる先輩だったはず。インスタでも大治先輩の事流れて来てたし」


しかし幸運なことに宮里が大治先輩のことを知っており、空気が冷める寸前で助けられる。


「モテるってことはその先輩結構イケメン?」

「えっまあそうだね。凄くイケメンだったと思う。それに優しかったし」

「マジかぁ。競合相手強すぎるだろ」

「だな」

「競合相手って?」

「そのサークルで彼女作ろうと思ったら大治先輩に勝たないといけないわけだろ?」

「…ああ!そういう意味での競合相手か」


恐らく非童貞であろう二人が既に先を見据えているのに対し、ただ青春を謳歌したいだけで青春を知らず、頭の中には片隅にはあったものの彼女を作るよりも友達を作る事の方が先ということは理解していた童貞の傑士。


二人とは住んでる世界が違う為に言葉の意味が分からず、傑士は一度疑問を浮かべてしまう。


「でもまあ俺は行ってみようかな」

「お前行くの?」

「うん。別に新歓行ったからって絶対入らないと行けないわけじゃないし」

「確かにな。じゃあ俺も行こ。バスケやったことないけどかわいい子沢山いるかもしれないし」

「それに星野先輩はいるしな」

「それな!傑士も行くんだろ?」

「うん。俺も行くよ」

「じゃあ決まり。次会うときは新歓だな。新歓いつやるの?」

「今日の17時からやるみたい」

「今日かよ!まあいっか。涼は行ける?」

「行けるよ」

「じゃあ三人現地集合でいいか」

「おっけー」

「うっうん!」


彼らはまるで友達かのようにいや、彼らにとっては最早友達なのかもしれないが初対面でいきなり下の名前で呼び、約束を交わす。


それは今まで友達など0に限りなく近かった傑士からすればとても考えにくいことでこれが友達かどうかも分からない。


だが自分のことを彼らと同じ位の人間として扱ってくれていることに嬉しさを感じ、返事が今までよりも高くなってしまった。


「じゃあLINE交換しようぜ」

「だな。QR見せるから読み取って」

「おっけーい」

(LINEの友達追加!?まっまずい。俺、LINEやったことない!)


二人はスマホをポケットから取り出し、慣れた手つきでLINEを開いて友達追加を始める。


しかし、傑士は今までLINEをやったことがなく、LINEの友達追加方法など知る由もない。


だが『友達追加ってどうやってやるの』などと聞いたら『えっwこいつ友達追加の方法も知らないのw』と蔑まれ、友達がいないと思われかねない。


なので必死の思いで二人のスマホの画面を覗き込み、友達追加の方法を会得する。


見よう見まねで必要になることは分かっていたので事前にインストールしていLINEアプリを開き、そこから友達追加のQRコードの表示に成功し、傑士は安堵する。


「じゃあ次傑士な。QRコード見せて」

「あっうん」


その瞬間に鈴木と宮里の友達追加が終わり、間一髪で表示が間に合い、傑士は自然に自身のスマホを鈴木に見せる。


「…はいおっけい。じゃあ傑士のLINE、涼に送るわ」

「よろしく~」

(そんなこともできるんだ…)


鈴木の友達追加が終わり、次に宮里に自身のスマホを見せようと思っていたら鈴木が傑士のLINEを宮里に送ってくれ、手間が省かれた。


知らない機能に驚かされるも恥をかきたくないのでその感情は隠す。


「おっけ。傑士のLINEも登録できた」

「じゃあまた新歓について何かあったら連絡するわ」

「りょうかーい」

「うん。分かった」


二人が用済みのスマホをポケットへとしまう中、傑士はつい先ほどまで0の文字を表示していた友達の数が2に変わったことに改めて嬉しさを感じ、スマホの画面を何秒間か凝視する。


スマホをぎゅっと強く握り、二人の名前とアイコンを見て、思わず口角を上げてしまう。


「新入生起立!」


するといつの間にか進行していた式の壇上には理事長ではない進行役の人が登壇しており、強い声音で新入生を立たせる。


その声にスマホを見つめ、周りの音さえも殆ど遮断していた傑士は慌てて立ち上がり、持っていたスマホの電源ボタンを押してポケットにしまう。


(よし!なんかよく分からないがもう二人も友達追加出来た!この調子だ!)


鈴木や宮里みたいな陽キャには理解できないかもしれないがこれは傑士にとって大きな一歩、いや本人的にはそれ以上の進展。


入学式早々に下の名前を呼び捨てで呼ばれ、LINEを交換し、約束を交わし、イケてる先輩から直々に新歓へと誘われた。


進捗を頭の中で羅列させる都度に達成感で溢れ、無意識に胸が前に出る。


…だが例え一歩は一歩でも踏み出す方向を間違えてしまったら目的地とは違う場所へとたどり着いてしまう。


彼自身は今、青春を謳歌するための目的地への第一歩を踏み出したと思っている。


しかし違う。今、彼が踏み出した一歩。その足が踏んでいる道は…


『キョロ充』への道である。


そのことをまだ、小牧傑士は知らない。










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美女とキョロ充 平等望 @hiratounozomu

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