第二話 そして彼の大学生活が始まってしまった

 大学の入口、正門前。


スーツをビシッと着こなし、清潔感と純情さが溢れ出る新入生達が続々と大学に入っていく中、傑士は正門前で立ち止まり、大学を見上げながら恍惚とした表情を浮かべていた。


「これが…大学…」


人だかりとそれにより飛び交っている喧騒の中、傑士は人知れずそう呟く。


期待感や希望で満ち膨らんだ胸をフーっと息を吐いてしぼめさせ、彼はようやく大学へ足を踏み入れる。


「おはよう!」

「もしかしてインスタでDMくれたミクちゃん?」

「うぇーい!大学でもよろしくな!」

「新入生の皆さん!立ち止まらず校内へ進んでください!入学式の会場は入って右側にございます!」


右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても人だらけ。


一歩前に出るだけでも大変な程の人だかり。


それに揉まれ、思わず人酔いしてしまいそうになった傑士は道から外れ、近くにあった大きな桜の木に背を向けてもたれかかる。


「当たり前だけど人多すぎる…やっぱり大学ってすごいな」


新入生とその親。早速サークル勧誘をする上級生達。入学式の会場へ誘導する人。


こうして俯瞰で見るとその他大勢の人を含め、目まぐるしく人が流れていくのが分かる。


「君背高いね!うちのバスケサークル入らない?」

「音楽に興味ある?軽音サークル入らない?」

「えっ!新歓来てくれる!?」


傑士の耳に様々な声が入ってくる中、突出して傑士の頭にはサークル関係の声音が残っていた。


「サークル…何処入ろうかな」


小学校は児童会。中学校高校時代は生徒会。


そしてその全てで会長を務めあげた上にありとあらゆる習い事を強制させられていた学生生活を送ってきた傑士。


高校時代まで部活などする暇もなく、というか父親から部活など許可されるわけもなく、今まで学生生活を送ってきた。


部活と言えば青春。青春といえば傑士の憧れ。


名前は違えど部活と似たような組織であるサークルに傑士は強い憧憬を抱いている。


耳に入る様々なサークル名に心惹かれ、傑士は悩む。


いや、浮かれているという言い方のほうが正しいだろう。


(サークルに入ったらそこで友達や先輩、時が経てば後輩たちと色んな所に行って、遊んで…青春を謳歌できるんだ!)


憧れてはいるものの殆ど味わったことのない青春という経験。


そのため傑士は聞きかじった情報をもとに青春を想像するしかなく、誰もが思いつくであろう青春の情景を頭の中に膨らませ、桜の木の下で表情を弛緩させている。


そんな傑士の目を覚まさせるかのように突然に強い風が吹き上げ、力強く咲いていた桜たちが風にされるがままに弱々しく宙を舞った。


やがて風が止み、桜の花びらがゆっくりと落ちてくる。


宙に舞う桜の花びらを傑士が見上げると桜の花びらの中で1枚の紙が舞っていることに気が付いた。


それは偶然にも傑士の手元に落ちてきて、無意識に傑士はその紙をつかみ取る。


「これは…サークル勧誘のチラシ?」


風に揺られた紙を見るとその紙はとあるバスケサークルへの勧誘のチラシだった。


堅苦しさなどまるでなく、丸みを帯びた文字とパステルカラーで彩られており、一目見ただけで言い方は悪いが真面目なサークルではないことが伺える。


「バスケサークルかぁ」


しかしそれは傑士にとっては好都合。傑士が求めているのは真面目なサークルではなく如何にも友達や仲間と遊ぶことに重きを置いた青春の香りしかしないサークル。


そのため、このチラシを見た傑士の目は今日一番に輝いていた。


「ごめーん!そこの君!」


すると新入生達で溢れた雑踏の反対側からこちらに向けて一人の男の声が聞こえてきた。


傑士は声が聞こえてきた方に目を向けると傑士に向けて手を振りながら小走りをする紳士服ではなくラフな私服、けれど清潔感で溢れた男の人がいた。


服装から察するに恐らく上級生。しかも少し遠めでも分かる程の美男。


特に着飾らなくても喋らなくてもただその風貌だけでカースト最上位に君臨出来るであろう。


「ごめんね急に。この辺にバスケサークルの勧誘のチラシが落ちてこなかったかな?」

「あっこれのことですか?」

「それそれ!良かったぁ。いやぁ一人一人ノルマを課せられてて達成できなかったら部長から大目玉貰うから一枚でもなくしたら大変なんだよね」

「そうなんですね」


初対面の人間に対してもまるで知り合いかのように気さくに弛緩した表情で話が出来る程のコミュ力。


こいつは間違いない。


カースト最上位中の最上位の人間だ。こんな奴がカースト最上位じゃないわけがない。


 この化け物を目の前にしたら傑士も呆気にとられ、作り笑いと堅苦しい声音を溢すことしかできない。


「あっごめんごめん。いきなり馴れ馴れしくして。びっくりさせたかな?」

「いえ全然」


そんな傑士を察してかこの美男は手のひら合わせながら謝罪をする。


「…これって勧誘のチラシですね?」

「そうだよ。うちのバスケサークルのチラシ。君新入生だよね?もしかして興味ある?」

「はい!ちょっとだけ」

「本当!じゃあ是非とも今日の新歓に来てよ!たくさんご飯用意して待ってるからさ!」

「いいんですか?」

「うん!好きな食べ物とかある?ピザとかチキンとかお寿司とか!特別に用意しておくけど」

「いえ。特に好き嫌いはないです。お気遣いありがとうございます」

「そっか!じゃあ待ってるね!えーっと名前まだ聞いてなかったね」

「あっ自分小牧傑士って言います。宜しくお願い致します」

「小牧傑士くんか。かっこいい名前だね。僕は二年生の大治麗大(おおはるうるた)よろしくね!」

「はい。宜しくお願い致します」

「じゃあそのチラシ貰っておいて。新歓の場所とか日付と時刻が書いてあるから」

「はい。了解しました」

「じゃあ楽しみにしてるね!バイバイ」

「ありがとうございます!」


忙しなく大治先輩は来た道を小走りで戻り、傑士に向かって最後まで手を振った。


最早モテない理由を探すほうが無理難題過ぎる大治先輩は根からの優しい人間だと言うことがこの一瞬だけで伺える。


他の人もいない中、相手が女子でもないのにただ傑士に向けて優しく朗らかに接し、終始笑顔で落ち着いており、且つ自分が持っていた紙が風に流されてしまう少し抜けている完璧すぎない人格。


それがまた大治先輩の親しみやすい人格を形成させている。


「大治先輩…いい人だったな…」


そんな人柄を魅せられては傑士も同姓でありながらも一瞬で虜になってしまった。


「…はっ!というかつい丁寧語で堅苦しい言葉を使ってしまった!丁寧語は高校で封印したのに!」


虜になっていた自分から我に返り、大治先輩とは正反対な堅苦しい丁寧語を羅列させてしまった傑士は自分を戒めるために頭を桜の木に軽く何度も叩きつける。


「もう大学生になってやっとの思いで一人暮らしまで始められたんだ。この四年間だけは何としてでも青春を謳歌するんだ!」


額にほんのりと傷をつかせ、みっともない風貌が更にみっともなくなった傑士は叩きつけるのを止めてガッツボーズをし、何度も掲げた志を今一度掲げ直す。


「にしてもバスケサークルか。大治先輩良い人だったし…うん!一回行ってみよう!

これも何かの縁だ!それに大治先輩の思いも無下には出来ないし」


ずっと手に持っているチラシを見直し、大原先輩の顔と言葉を脳裏に浮かべながら傑士は誘いを受けたバスケサークルの新歓へ行く事を決心したのだった。








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