戦略/出会い

 戦うのみだ。

 戦うのみだ……


 ダメだ、どうやっても負ける未来しか見えない!!


 相手が刀しか持っていなくて白兵戦だというのなら勝機はある。しかし……

 相手はおそらく。それこそ混合属性魔術や魔法さえも使って来るかもしれない。


 それに、元魔導大隊だったジャンおじさんにも聞いた事があるが……



◆◇◆◇◆◇◆◇


『魔導大隊は凄いんだぞ~、わしがおった部隊ではな、魔力を砲台に込め発射する超兵器もあるのよ……


 もう、ぶっ放した瞬間な、辺り一面が爆発して……』

『すげーー!』


◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔力を砲台に込め発射する……当たったら、まぁ、即死だろうけど……どうする。


 相手の戦力すら把握しきれていない状態で、軍の連中に勝つ事は不可能だ。


 それに攻め時すら決まっていない。

 もう既に夕方だ。時間も猶予もない。


 あーあ、泣いてさえいなければもっと考える時間はあっただろうに……



 あーどうする、どうする俺! 何か手は———、



 グゥ~ッ、と。

 誰かに聞かれちゃ恥ずかしい音が、部屋一帯に鳴り響く。


 ……そういえば、昨日からまともな飯1つ食いやしていない。




 レストランに行ってゴブリンキングの肉を調理してもらうべきだろうか。


 ……リスクが高すぎる。でも、生で食べるのも……





 一応臭ってみるが……うっ臭え。臭過ぎるぞコレ。食欲が忘却の彼方へと消え失せるくらいには。


 ……それに、肉には色々と苦い思い出だってある。肉なんて食べたくは……ないとは思うんだけれど。


 ……まぁ、生きる為には仕方がない。食べるしか道は———。



 と、その時、勢いよく何かを叩きつける音が鳴り響く。

 聞き慣れたドアの音だ。



 なるほど、俺を捕らえにきたのか。

 ……大人しく捕まるだとか言ってたが、まさかあそこで逃した後マジで捕らえにくるとはな……


 なぜあそこで逃してくれたのかを軍の連中に問い詰めたいところだが……



「この距離ならば……!」


 肩を前に突き出し、姿勢を低く構え、そのままドアを突き破る!!


「?!」


 付近の兵士3人は驚きながらも槍を構えたが、


 3人一気に、木刀で頭を叩きつけてやった。


 ……しかし、空には魔術による狼煙が。


 つまり、ここもすぐに見つかる!! つーかあの時騎士様が自らここを訪ねに来たんだから見つかるに決まってる!!


 そうとなれば……街中か森に逃げるしかないが……街中はおそらく兵士が巡回している頃だろう。


 それに森には動物や魔物も徘徊している。うまく仕留めればいい食糧にもなってくれるだろう。


 そう考えた時には、もう既に森の方向を向いていた……が。


 ヒュン、と。頭の横を何かが通過した。通過しただけで周りの温度を上げるような、



 真正面に位置する森の方向で爆発が起きる。そう、俺の向いていた方向で。

 つまり……敵は真後ろにいる!!


 もう既に足は動いていた。

 とにかく姿勢を低くして走ったり、時々変な挙動を見せて敵を錯乱させようとした(多分効果はない)けど、気付けば森の中まで入ってきていた。




「……っ!」


 意識が朦朧とする。


 腹の虫、というより身体の非常サイレンがずっと鳴っている。そう言えば、だがここ数日間何も口にしていなければ、水も飲んでいない。



 今にも崩れ落ちてしまいそうな頭を抱え、必死で歩き続けた。


 ……でも、ある時、俺の意識はプツリと音を立てて、真っ暗になってしまった。








◆◇◆◇◆◇◆◇




「~きて」


 何……?


「……きて!」


 何なんだ……?


「起きてっ!」


 ……?……??

 どこだここは。

 知らない木造の天井。フカフカのベッド。そして……


「おじーちゃーん、この人起きたよー!」


 金髪の、どこからどう見ても、360°どこから見ても美貌の、しかも俺と同年代っぽい美少女が目の前に立っていた。


 ……どこか既視感があるのだが。

 その白い肌から覗かせる蒼い瞳を見つめると、思わず美しいと見惚れてしまいそうで……



 ……なんだ? ここ?

 天国ってやつか? 死後の世界か? 俺は死んだのか?



 ああ、こういう子と出会って冒険するってのが人生の醍醐味だよな~。まぁ、今出会っても意味無いけど。


 ん……? 今出会っても意味がない……?


「おあーーーーーっ!」


「うるさいっ!」


 ごめん、目覚めてからの第一声がうるさくて。


「ちょっと待って、今AGE何年で何月何日何曜日? 後、何時??」


「何……何って、今は太陽暦2800年3月20日の……金曜日で……午前9時2分だ……けど」


 AGE何年かって俺は聞いたよね。わざわざ太陽暦に言い換えてまで言う必要ないよね。まぁとりあえずありがたいのだが。


「あ、ありがとう。えっと……おじさんが捕まったのが……3月19日だから……よかった、まだ大丈夫か……って! なんか食べ物を……食べ物を……あれ?」


 不思議だ。全然お腹も空いてないし、喉も乾いていない。


「ああ、あなたの口にパン2つと、コップ2杯分の水を詰め込んだけど……」


 ……ちょっと待った。

 パン2つ?? コップ2杯分?? それって口に詰め込んで大丈夫なのか??


 分からない。状況が飲み込めない……それこそ、突如として口に詰め込まれたパン2つとコップ2杯分の水のように。




 俺は何をされた? ここはどこだ? ここには誰がいる? そもそもこの人達は俺の味方なのか??


 ……とりあえず、聞いてみるしかないか。



「あのー……お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


 思春期ってやつ特有の、同い年の女子に対して妙にかしこまるやつ……女慣れしていないから当然か。


「名前?……名前はサナ。サナ・グレイフォーバス。本当の名じゃないけどね……」


「なるほど……俺はしろだ。異国の文字の 日字にちじってやつで1文字で書ける名前。よろしく」


「あ、うん、こっちこそよろしく……」


「えっとー、所で、もしかしてもしかしたらもしかしなくても人界軍だったり……する?」


「いいえ。人界軍には所属してないわ。そもそもここは王都じゃないもの」


「王都じゃない?……じゃあここは村かなんかの住宅?」






『いいや、村でもないさ。ここは森。森の中で自然と共に佇む一軒家』


 少し渋い声でそう告げながら、台所から出てきたのは少し太った中年男性だった。


「あ、どうもこんにちは。白って言います、よろしく……お願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 とても落ち着いていて、人柄の良さそうな人だった。


「このおじさんは私の……祖父みたいな人で、名前はジェーン・グレイフォーバス。私の名前もここから取ったのよ」


 グレイ……フォーバスか……なんだ、王都に近いとこで住んでる人達は、ウンタラ……タッカーダルだの、みんな長ったらしい名前が好きなのだろうか?


「えっと、とりあえず助けて頂いてありがとう、ございます」


「いいんだよ。こっちに人が来るのは久しぶりだから」


「……そっか、森は普段から魔物が徘徊してるから……って、え、家に近づいてくる魔物はどうしてるんですか?」


「追い払ってるよ。サナがだけど」


「実は私、魔法使えるんだ~!」


 ……魔法?!

 魔術より一段階上、扱うにも膨大な魔力量を必要とし、精巧な魔力の扱い方を知らなければ使えないと言われている魔法を?!


 なんだコイツ…………化け物じゃねえか! この年で? そんなものを? 習得ぅ?!



 いいな……俺にもそのくらいの才能があれば……


「暗い顔して、どうしたの?」


「ああ、いや、ううん、別に……なんでもない」


 なんでもなければいいんだけど……




 とにかく、問題はまだ解決していない。


 おじさんを助ける為に、この子にも手伝ってほしいんだけど……見返りがない。あっちにとっては、俺を助けるメリットすらない。それでも……!


「……実は、少し力を貸してほしいんだ」


「何かあったの?」


「それが、1日前……」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから、ここに来る前の出来事を全て説明した。


 自分が一国を滅ぼした凶悪な犯罪者と疑われてる事。自分のせいで、関係のない自分のおじさんが巻き込まれた事。

 そして、おじさんを助ける為に力を貸してほしい事を。




 関係ない人は巻き込みたくなかった。だけど、今は……!


「頼む、お願いだ……! 助けてもらったばかりでこんな事口にするのはどうかと思うが……力を……力を貸してくれ……!」


 自分の声以外何も聞こえなかった空間にて、最初に口を開いたのはサナだった。


「……つまり、私たちに王都の敵に回れって言うの……?」


「………………そうだ」


「瀕死のところを助けてもらっておいて?」


「そうだ……!」


「サナ。力を貸してやりなさい。お前の夢だったろう……?」


 どうなろうと協力してはもらえないと思った状況で、口を開いたのはジェーンおじさんだった。


「なんで?! 軍を敵に回すってのに?!」


「白くん、とやら。少し話を……取引をしないか?」



 サナの焦りをまるで無視するかのように、というか思いっきり無視して。そのままおじさんは俺を部屋の奥へと連れ出し、


「あいつと……サナと一緒に旅に出てほしいんだ」


 だなんて呟いた。

 旅? 一体全体何を言っているんだこの人は?


 死ぬか生きるかの戦いとの引き換えに、ただ自分の娘と旅に出てほしい、だとかいう有り得ない取引を持ちかけられて、俺の頭は既に「?」でいっぱいになっていた。


「えっ……えっでも、軍を敵に回すんですよ? 失敗したら俺たちみんな処刑されて死ぬんですよ?」


「構わんよ」


「どうして……」


「サナは、記憶喪失なんだ」


「……へ?」


 あまりにも急展開過ぎて頭が回らない。


「あれは……私の家にサナが初めて来た時の事だったな。


 およそ9年前……サナは私の家の前に倒れていたんだ。そして……起きてから話を聞いてみると……自分の名前以外何も分からない状態で、気が付いたらここにいたと言っていた。


 サナにとっては行く宛もないだろうし、私が育てる事にしたんだ。それで、私が親代わりになって一緒に暮らしていくうちに、サナは旅に出てみたいと言い出したんだ。


 サナは、自分が何をしたかったか、何で自分がここにいるのかという意味が分からないんだ。


 おそらく記憶を失う前はあったんだけども……旅に出ることは、サナがここに来てから初めて……自分でしたいと決めた事なんだ。


 だから、この機会に君と一緒に旅に出てほしい」



 長話であったが、あまりにも衝撃的な内容に思わず聞き入ってしまう。


「……分かりました。でも、あの子の安全は保証できませんよ」


「構わない。あの子が旅に行きたいと言うのならばな」


 ……一瞬だけ、もしかしたらあの子に対してあんな事やこんな事だってできるんじゃないかといかがわしい事が脳裏をよぎったりもしたが、そんな思考はすぐに遮断される事となった。


「おじいちゃん、あれ! 森が!」


 サナが発した一言に反応し、俺たちは窓の外を覗いたが、そこにはついさっきまでは信じられなかった光景が広がっていた。


 パキリと音を立て、焼き切れていく木の幹。

 落ちる木の影に遮られる動物たち。

 その奥で、残った魔物を腹から引き千切る兵士の姿。その鎧は返り血に濡れているのか、赤く染まっていた。


「ひどい……追い払うのは勝手だけど、殺しまでするなんて…………みんなの森なのに……!」


「こんな事をしてまで追ってくるのか……軍のヤツら……!」


「私が行ってくる。白くん、後ろにある裏口からこっそり逃げ出してくれ」


 そう言うとジェーンさんは、奥の部屋に飾ってあった槍を手に取り、ドアを突き破ってこう叫んだ。


「何の用だ! ここは私たちの森だぞ!」


 森に響く勇ましい声とは別に、昨日聞いたやたらめったら偉そうな女性の声も響いてきた。


「そこにいる少年を渡せ!」



「バレているか……!」


 ジェーンさんは、その拳で槍を強く握り締めながら鋭く呟く。


「渡さない、と言うのならば力づくで渡してもらう!」




「クソっ……早く逃げないと……!」


「白!……あれ……!」


 俺とサナは裏口から家を出てそのまま森を走っていたが、走っている途中、木の影から家の前に立っている人影が槍に貫かれるのを目撃した。




 ……また、だ。

 関係ない人を巻き込みたくない、などと言っておきながら、結局は自分の事ばかり。

 こうなる事は最初っから、予測がついていた筈なのに。


 一体何度、同じ事を繰り返せば気が済むのだろう。


 結局のところ、俺自身は2の過ちから何も変わっていない事に気がついた。

 そうだ。何も変わっていない。それはおそらく、これからも。


 事態は停滞したまま、何も———、



「……白」


 ただ横で、黙って走っていた女の子が口を開く。


「責任、とってよ」


 サナが口を開いた瞬間、俺たちは立ち止まり、そのまましばしの間、静寂の時が過ぎていったが、そんな時間もすぐに終わりを告げた。


「……貴方が、貴方がここにいたから、こうなったんでしょ」


 全くその通りだが、『お前が俺を拾ったからじゃないか』なんて事を口に出そうとしてしまった。


 今の俺にはそんな事、口が裂けても言う権利はもらえないってのに。


「どうにか、してよ。……どうにかしてってば!!」


 過去の行いに絶望していては、何も進まないのは分かっている。

 でも俺は、この場で黙り込むという一番簡単で、一番卑怯な道を選んでしまった。


 自分自身に、どうしてあんな事をしたんだと、永遠に答えの出ない問いを自問しながら、膝から脱力し崩れ落ちる。


「ねえ、ねえってば!! 何か言ってよ!!」


 もう、完全に放心状態だった。

 戦う、と言う意識と、完全に黙り込んだ身体を切り離して。


 心臓の鼓動は鳴り止まない。

 どんなに泣いたって、どんなに絶望したって、現実は変わらないっていうのに。

 ———どれほど、時間が経ったろうか。



 俺自身は黙り込んだまま何も変わる事はなかったが、少女は泣く事をやめた。


 停滞する現実を。完全に止まった時を。

どんなに無理と分かっていても、目の前に佇む巨壁を素手で打ち砕こうとするかの如く、少女は力強く、されど小さく呟いた。



「……行ってくる」


 途端。

 何を言われてもビクともしなかったようやく口が動いてくれた。


「……どこへ?」


 少女は答える。今までの事が無かったかのように、固く決意を決めて。



「王都へ」

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