責任
いつまでも変わらなかった俺を置いて、時間は更に経過していく。
サナが王都へ行くと言ってから、体感にして数時間。処刑の日の朝になっていた。
……もうそこからは何も考えず、ただ立ち上がり、ただ足を進めた。
戦う理由など、自分が粉々に崩してしまったというのに。
◆◇◆◇◆◇◆◇
———王都にて。
人類の王、ユダレイ・タッカーダル四世は高らかに叫ぶ。
「これより、犯罪人の処刑を執り行う!」
何人もの鎧を着た兵士。それを取り囲むように断頭台に殺到する人集り。
「この者達は国際重要最高刑執行指定人物を、あろう事か匿った! よって、本日をもって、この犯罪人の処刑を執り行う事が決定した!」
磔にされた人物は2人。
白の義理の父、ジャン・フェールダウンとサナの義理の父、ジェーン・グレイフォーバスだった。
「よかった……! おじいちゃんまだ生きてた……!」
王都の中心部に人が集まる中、王都への橋を駆ける人物が1人。サナ・グレイフォーバス。犯罪人ジェーンの義理の娘である。
********
「まずは……っ!」
「
……と、そう発した瞬間、目の前に巨大な氷の柱が立つ。勿論、軍の注意を引きつける為のデコイだ……!
「斬首台は、中央広場……! 家を上手く影に使えば楽に接近できる!」
そのまま杖を手に取り、自分より少し右のの住宅地に傾け、魔力を流し込む。すると、杖の方向に別の柱が立ち上がる。
「成功っ! ざっと見た感じでも、兵士が分散してくのが分かるっ!」
あの柱もデコイな為、先程立てた柱とは別の方向の中央広場に繋がる道へと移動する。
走り出した後数分、家と家の影を走り続けて少しした後、右側に人集りの見える道に出た。
「あそこね……! 一気に行くわよ……
自身に俊敏化の魔術をかけ、そのまま突っ走る……!
そのまま跳び上がり、2人の位置を確認する。
しかし、視界に違和感。兵士がいないのだ。どこにも。
先程まで分散していた筈の兵士が、完全に姿を消している。
まあいっか。と違和感を一蹴した後、地上に降り立った時。
その時が敵の狙い目だった。
通りの横、家と家の間。敵が潜んでいたのはそこだった。
あ、まずい。と思ったその時には、勝敗は既に決していた。
大通りの横。私に近い所で、槍を構えていた兵士。
普通なら、そこで私は死んでいた筈だった。
いくら凄腕の
しかしそう、普通ならそこで終わっていた。
普通、なら。
槍を構えた兵士が倒れたのだ。
直前にスパコーン、なんて響きのいい音を鳴らしながら。
次の瞬間、私の眼前を茶色の物体が通り過ぎていった。
反対側に潜んでいた兵士も、その攻撃には対応しきれなかったのか、頭からその物体に当たって倒れていった。
……すぐそこ。家の影にいたのは、
白だった。
********
———ずっと、絶望していた。
それでも、足だけは前に進めていた。
なぜなら、森の家から逃げ出した時も、うなだれていた時も、ずっと刀だけは握り締めていたのだから。
戦う理由なんて無くとも、どんなに他人に見せれない顔をしていても、どれだけ自分優先でも…………それでもこの刀だけが、俺の生きている理由だったのだから。
「……よお。遅れて……すまん」
「嘘……」
……まぁ、当たり前の反応だろうな。
絶対に来ないと思っていた人が、一番責任を取らないといけないのに逃げてしまった人が、何も無かったかのように目の前にいるのだから。
「ごめん……俺は、逃げてた。自分が負うべき責任からも。そして……君からも。でも、」
でも。お願いだから、ここまで来たのだから。
「でも、頼む。協力してくれ。2人を助けだすのに。こんな事……言える立場じゃないのは分かってる、でも……」
「……それじゃあ……責任、とってよね……!」
「ああ、分かった。約束する」
落ちた俺の木刀に手をかざす。瞬間、木刀は猛スピードで自身の手に戻ってくる。
「どう……なってんの? その刀……?」
俺たちが話してる間に都民は危険を察したのか、広場からは完全にいなくなっていた。
「斬首台はだいぶスッキリしてきたな」
「まだとっても気になる2人が残ってる……けどっ!」
2人同時に走り出した瞬間に、正面に現れた兵士4人からの爆発魔術が飛んでくる。
「氷魔術と跳躍強化魔術で援護頼む!」
「ま……任せて!」
サナが杖を地面に突き立てた瞬間、氷の壁が目の前に姿を見せた。
爆発魔術のおかげで、その透き通るような氷の壁は粉々に砕け散ったが、もうその影に俺の姿はない。
「お前らの……後ろだっ!」
4人の足を木刀で薙ぎ払った後、もう一度高く跳び上がる。
前に、前にと足を進める為に。
跳び上がった際、下にいたかなりの兵士から炎の球が放たれたが、こちらに向かってきた球は木刀で掻き消し、木造の台の近くに着地する。
木造の台にいるのは、ユダレイ王と偉そうな女騎士の2人。ユダレイ王は武装していない為、倒すべき敵は女騎士ただ1人に絞り込めた!
木造の台に上がり込む。
「王と犯罪人には指1本触れさせん!」
「でもお前には、触れていいんだろう?」
木造の台に登った後、剣を構えた女騎士のガラ空きだった腰を木刀で一発叩いた後、よろけながらも振り下ろされた剣を木刀で受け止め、その自信に満ちた顔を思いっきり左足で蹴り払う。
「がっ……ぐうっ……!」
「俺の勝ちだな……!」
女騎士は腰をうずくめて倒れ込み、そのままユダレイ王に木刀を向ける。
「犯罪人2名を解放しろ。そして俺たちを二度と捕らえようとしない事を誓え!」
……更に木刀を近づける。
「わ……分かった、分かったから……! ふ……2人を解放しろっ!」
吐き捨てる様に命令するユダレイ王。
命を受けた兵士は斬首台から2人の頭を外す。
「王よ……そのような事は……!」
うずくまったまま掠れた声で女騎士は喋る。
「か……構わんっ! この者達は……今この時をもって無罪に処す!」
強引に。初めて力で、気に入らない者を捩じ伏せた瞬間だった。
……終わった。勝ったんだ。俺達は。
たった2人で。いくら分散していたとはいえど、軍の魔導大隊相手に。
おそらく王は、俺の力を完全に見切った。抵抗しても無駄だと実感したのだろう。
……さて、ようやく面会の時間だ。
「おじさん……生きてるよ、俺」
「……ああ、立派になったな、白。魔王軍との戦いを心配していたわしが馬鹿らしくなってきた」
その横では、サナがジェーンさんに抱きついているのが見えた。
「おじいちゃん……ただいま……!」
「おかえり……サナ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
———その後は、なんか色々とあった。
色々と、じゃ分からないかもしれないが、色々ありすぎたんだ。とりあえず特筆すべき事としては、王城で事態の収拾をつける事になった。
あの偉そうな女騎士は今までとは態度を変えずにいたが、人界王は素直にこちらの要求を呑んでくれた。
サナは高圧な態度で人界王に対して要求を差し出す。
その姿はこちらが犯罪者を追い詰めているのではないか、と思う程だった。
そして、俺自身は出身は日ノ國だが、国自体を滅ぼした訳ではなく、滅ぼした犯人についても検討はついていないとしっかり説明した。
要求の一環として、レメル500枚を受け取り、そのまま4人でレストランで豪遊。
都民からの目線には冷たいものもあったが、そんなもの再開した家族2組にはどうでもよいものだった。
そして……まぁ、約束を果たす時が来てしまった。
「さて、白くん、約束は覚えているかね?」
皆が特製のキングステーキを食べ終わった後、ジェーンさんの開口一番がそれだった。
「アレですよね……約束って……俺と……サナが……」
それを聞いたサナが何やらいかがわしい雰囲気を察したのか、
「私と白が、何?」
少し低い声で、弱気になっていた俺を押し潰すかの如く迫ってくる。
「いや、その、ジェーンおじさんがさ……うまくいったらサナを一緒に旅に連れてってほしいって……」
「サナの昔からの夢だったろう? パーティを組んで、ギルドに入って、未開拓の地を冒険して!」
畳み掛けるようにジェーンさんが詰め寄る。が。
「私によからぬ事をしようってんじゃないでしょうね」
「い、いやあ、でも、約束しちゃったしさ、ね?」
変わらず高圧的な態度で接するサナに対し、少しおとぼけた態度で返す。
「……分かった、分かったわよ。私は、約束してないけど、してないけど!……でもまあ、昔からの夢だったし……」
サナはその白い頬を少し赤らめ、しだいに小さくなる声で語りかける。
少し間が空いた後、静寂を突き破ってサナが呟く。
「……責任、とってよね」
唐突なお願いに、思わず返す。
「責任……? 一体何の……?」
「……秘密」
「へ?」
「だから、秘密だって言ってるの!!」
「????」
********
白が頭に「?」マークを浮かべるのを側で見ていたジャンが、ジェーンに向かって話しかける。
「なあジェーン、とやら。色恋沙汰が始まってしまいそうな雰囲気になってきたが、これもお主の狙いの1つか?」
「あいつに、サナに初めて欲しいものを聞いた時、サナはカッコいい人……運命の人がほしいって言ったんだよ。お前の息子さん、充分カッコよくなっただろう?」
「ああ、数日前とは見違えた顔になったよ。わしの心配は雲の様に掻き消えていったわい」
********
楽しい時間はここで終わり。ここからは厳しい冒険が待っている。……今までも十分ヤバかったのだが。
食糧を自分で採り、必死に依頼をこなして、生計を立てる、今までと何1つ変わらない現状。
それでも前とは違う。心強い味方が、側にいてくれるからだ。
サナを初めて見た時、自身の胸に強い違和感を感じた。
……それはまるで、自分が会うべき人に会えたかのような。
……それはまるで、昔々、本当に気の遠くなるほど昔の願いが叶ったかのような。
胸が締め付けられ、熱くなり、鼓動が増す、今まで感じた事の無かった感情。
俺は今ここで、この言いようのない感情についてようやく答えを出す。そうだ、俺は———。
……恋を。していたんだ。
…………ホントにそうかは、まだ分からないけど。
とりあえず今は、こう表すしかない。
********
———それは、今まで出会ったことのない感情で。
突如として私の目の前に現れたその人は、まるでずっと会いたかった人のような、『運命の人だ』と直感で感じさせるような既視感があって。
……何があったかは知らない。だけど、打ちのめされても諦めない、どれだけ絶望しようとも、それでも刀を持ち続けた彼に。
私は、生まれて初めて———。
だからこそ、私はその責任を……取ってもらいたかった。
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