最悪の一言
◇◆◇◆◇◆◇◆
「行ってきます」
「死ぬんじゃ、ないぞ」
つい昨日の、会話だった。
それが自らを育ててくれた老人、ジャンおじさんとの最後の会話となる筈だった。
そうなってくれたらどんなに良かった事か。
朝。ドアを勢いよく叩かれる音で目を覚ました。
「白さーん。しーろーさーん! お客さんが来てますよー!」
宿主の……声だ。
「はいー。今出まーす」
朝だからろくに思考もまとまらないまま、ドアを開ける。
ドアを開けた先には鎧を着て武装した兵士3人と、何やら偉そうで何か言いたげな女騎士、そしてついさっき、俺を叩き起こしてくれた宿主さんの姿があった。
「ふぇ? 一体なんなんれすか……こんな朝から……」
ダメだ。呂律がちっとも回らない。
その様に問うた後、宿主さんの後ろにて立っていたやたらめったら偉そうな女騎士が、
「我らに着いてこい。人界王ユダレイ・タッカーダル様がお呼びだ」
…………と一言。
……なんですと?
「……なんですと?!」
人界王……名前は初めて聞いたが、アレだろ? 人間の王様、チョーエライ人。……そんな人に呼び出されるって……
そのまま言われるがまま支度をし、朝ごはんも食べないまま、兵士に槍を向けられ王城まで歩かされた。一体俺が何をしたというのだろうか。
……もしかして、例の巨大ゴブリンを倒した報酬とか……?
などと勝手に期待しながら城内に入ると、すぐさま5人の兵士が追加で槍を向けてきた。
……どうして?
困惑しながらも、そのまま人界王との謁見の時間に入ってしまった。
木製の扉を抜けた先には、白亜の壁に包まれた王城内部が。
両端のステンドグラスからは日差しが差し込んでおり、その下に提げられたタペストリーと、幾重にも重なった日差しによって、その壁はより神々しく、その輝きを増してゆくばかり。
「ところで……こんな所に呼び出してどんな御用け……」
「口を開いてよいとは言っていないぞ」
マズったな~、失言だったかな~? こんなに神聖な王城を「こんな所」だなんて。
「……して、お主が白か」
……やっべえ、すげえ緊張する。
「答えんか」
口を開いてよいとは言っていないんじゃなかったんでしたっけ、と煽りを入れたくなったが、ここは我慢だ。
「は、はい…………そうですけど……」
「お主は今自分がどんな立場にいるか分かっておるのか?」
「どんな立場って……自分が8人もの兵士に槍を向けられて、今にも殺されそうになっている状況……?」
「……違うな。お主が国際重要最高刑執行指定人物であると言う状況だよ」
……へ?
こくさいじゅうよ…最高刑執行指定人物????
「えっと……それはどういう……」
「端的に言えば……
………………どうして????
後、状況的に本質は何も変わっていない気がするのですが。
……そう、ここでようやく帰結するのだ、ここでようやく、俺は今解決すべき問題について、心の中でその整理を終えようとしていたが……
結局分からない。
何が起きた、なぜこうなった、俺が何をした?!
この国に害のあるようなことしたか?!……してないよな?!
「お主のその名前は……仮名だろう」
「かっ、仮名?……そんな訳無いじゃないですか、第一、名前を隠す意味など……」
「お主の出身国を申してみよ」
「日ノ國……ですけど」
「日ノ國のう……8年前に滅亡しておる」
王は少し口角を上げ、「してやったりだぜ」とでも言わんとばかりの表情をする。
「……」
「國を滅亡させたのは当時7歳程度の少年だ」
「す、凄いですね……7歳で一国を滅ぼすなんて……
い、いや〜っはは、そそそ、そんな天才くんにはまだ敵わないな〜、まだボク勇者始めたばっかりだし〜……」
「お主は勇者になりたての、今現在15歳と聞いた。では8年前のお主は?」
「………………7歳……ですね」
「まだ分からんか」
「何がですか?」
……とぼけるのも無理があるか。
「お主であろう。国を滅亡させたのは」
あーあ。面倒臭い事になっちまった。
「一国を滅ぼした少年を生かすのは危険だと判断した我ら人界軍及びトランスフィールド一部諸国は、お主の事を国際重要最高刑執行人物として指名した」
「えっあっ」
「だからこそ、お主の身柄をここで拘束させてもらう」
マジかよ。
「一応……一応ね、俺はそんな事してないんですけど、してないんだけど!!……まぁ、信じては……」
「やれぬな」
「大人しく捕まるとでも……」
「思わんな。だから我々は先に動いた」
人界王は手で合図をする。すると、奥から磔にされた人間が出てくる。
……しかもそれは、当分見なくて済むと思っていた面だったのだからこそ、心の底から……驚愕した。
「ジャン……おじさん……!」
『死ぬんじゃ、ないぞ』
……その言葉が最後の会話になる筈だった。むしろ、最後になっていればどれだけ良かった事だろうか。
磔にされていたのは……ジャンおじさんだった。
「死ぬんじゃないとは言ったが……わしの方が先に死ぬかもしれん……」
「2日後にこの老人も処刑する。大人しく捕まるならこの老人は逃がしてやろう。
ただし、2日後の正午。太陽が天頂に座する時までに大人しく捕まらなかったら……だ。その先は、言わなくとも分かるだろう?」
「ふざけ……やがって……」
「逃げろ、白……お前は生きるんだ……!」
「だって……おじさん!」
「わしの事はいい。早く逃げろ……!」
……足は自然と動いていた。ただし、磔にされた人間とは逆の方向に。
木刀で兵士を薙ぎ払い、門から一目散に逃げ出した。
おじさんを見捨てたのか? そんな訳はない。
そんな訳は……ない筈だ。
……また、救えないのか。
……結局、自分優先なのか……!
自分の非力さを恨みながら、走る。
救えなかった、あの日の情景を思い出す。
宿まで走り、宿に着いた途端に有り金全部カウンターに置いて、すれ違い様に宿主に、
「1週間、泊めてください」
と言い捨てて自分の部屋へ走る。
自分の部屋に着き、ドアを閉めた途端、行き場のない感情と涙が溢れ出てきた。
「まっ……また……救えないのかっ!
唐突に自分の支えを奪われてっ!
また俺は……何もできないのか!
何も! 何もっ!!」
あんなに快晴だった空にも暗雲が立ち込め、雨も降ってきてしまった。もう外にすら出たくもなくなった。
何度も何度も、窓に打ち付ける水滴の音が、今の俺には全てが怒号に聞こえる。
……そうだ。全部自分が悪かったんだ。
自分が█さなければ。自分が█べなければ。
自分が█んでいれば。全て終わった筈なのに。
無関係の人間が巻き込まれる事も無かったのに。
死ぬ事も、無かったのに。
結局、また自分勝手だった。
多分、そのことだ。
心当たりは、もちろんある。……そのことには、ジャンおじさんは関係ない。悪いのはもちろん……俺だ。
数時間ベッドで泣き続けた身体が、ようやくその身を起こす。
死ぬために。足を運ぼうとする。
脳内に、あの時の言葉が思い浮かぶ。
『死ぬんじゃ、ないぞ』
『人を守る為に、剣を振るいなさい』
もう既に死んでしまった/死ぬ事が決まってしまった人の言葉だった。
雨は止み、暗雲も晴れ、暗闇に満ちた地上に光が差す。
……そうだ。力があれば、いいのだろう?
ならば……戦うのみだ。
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