アイドル村

「セミの鳴き声を消す方法はない」

「どうやっても?」

 大いなる白肉しろにくゼミの臓物は腐った淡水魚に似た臭いであった。

 サバイバルナイフが複数本突き刺さったままの外皮からは、緑色の体液が滴る。

「そういうのはね、ムラオサの仕事だった」

 エミは青い長髪を力なくかくと、脈打つ臓器にかぶりつく。

「ユカ、私たちは誰も癒やせないんだよ」

 体液で汚れるブレザーとスカートに構いもせず餓えを満たすべく喰らい続ける。

 命鳴き灰色の大地に身を任せ、セミの軀は鳴き続ける。


     ○


「お人好しの姫様は、魔女の毒リンゴを囓り……声もなく闇の中へ落ちた」

 不死のムカデが這うあばら屋の隅でエミは言葉を紡ぐ。

「妖精達は涙にくれ、姫様に寄り添う。彼らの傍らで毒リンゴがドロドロに溶け、髑髏の模様を描く」

 天井の裂け目から見えるのは同じ毒々しい色に染まる空。そこを名も分からぬバケモノが飛び交う。

「おわり」

「おわり?」

「そう。もうなんにもない」

 物語は何の救いもなく閉ざされ、エミは掴んだムカデを噛み砕く。

 彼女の白く清潔なままの歯に不似合いの力でクリーチャーの殻を裂き、中に詰まる泥のような血で喉を潤す。

「胃で溶かしても、体外に排出されれば動き出すんだよ。ああ気持ち悪い」

 薄桃色の唇を舐め、ぼんやりとあくびをし目を瞑る。

 ユカは己と酷似した容姿と服装の女を真似、口を開けた。

 だが、安らぎの時は訪れず、幼い少女は膝を抱え震える。


      ○


「来やがった」

 天地がひっくり返る轟音が耳を劈き視界が真っ黒になる。

 小屋は衝撃で吹き飛び、ユカは受け身を取ることも出来ず転げ回る。

「…………」

 揺れる頭を抑えつつ、反吐を吐く。

 痛みなど無い。息苦しさもない。

 ただ蹲り己が肩を抱き――。

「立てぇ!」

 エミによって乱暴に担がれた。

 抱え上げられる時、襲撃者の姿を見てしまう。

 クリーチャーは触覚を揺らし、残忍な牙を生やす口元を大きく歪めた。

「エバ」

 銀色の複眼を持つ暗黒の怪物は、その名を呼ばれたことを嬉しく思うようだ。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 両肩口に接続される錆びたハサミを振るい大笑いする。

「会いに来たよ! フレンド!」

 ユカの右腕が切断された。

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バグキャラクターよ 没ゲームに生き、人を護れ 邪悪シールⅡ改 @33jgyujgyugyabb

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