ニュウドウ雲

 サガミは逃げてきた時と変わらぬ臨戦体制の様相だった。顔はもはやヒトだかイヌだか区別がつかないほど引き攣り、鼻息は荒く、背を丸めた巨体はいつでも飛びかかれる格好だ。


「見つけたぞ、全員連れ帰ってやる」

 もはや狙いはナラだけでなかった。そして手段も選ばない、と言わんばかりに指を鳴らした。


「流唯、どうしよう。私さっき抑制剤を飲んだから獣化できない……」

「……」

 ナラの獣化を期待していなかったと言えば嘘になるが、獣化したところでナラは無傷では済まないだろう。そんなことはさせない。しかし……

 

 サガミが一歩一歩威嚇するように公園の中を近づいてきた。


 背中には、一層大きくなった入道雲を背負って。


「私が囮になる。完全に獣化はできないけど、時間を稼ぐことならできる……と思う。その間に、逃げて……」

「そんなこと、できるわけ」

 言い切る前に、ナラは四つん這いに体を沈めサガミに向かって行った。

「ナラ……!!!」

 ナラはサガミの目前で切り返し、サガミの大きな体を揺さぶる。オレがその場を離れない限り、ナラはこの攻防を続けるだろう。しかし、目の端に映ったは……?


 はなんなんだ……


「ルイ!分かったぞ!!!お前がエレメントを使いこなせない理由が!!!」

 先ほどまで陶器のように固まっていたテオが、ナラの奮闘に目もくれずオレに飛び掛かってきた。


「間違っていた。入れ替わっていたんだ!!!」

 なんだか分からず飛んできたテオを受け止めずにいると、テオはオレの体をよじ登り身体中をウロウロしながら興奮している。


「流唯!!??テオも!!!早く逃げてよ!!!」

 サガミから大きく距離をとり、こちらを見たナラが叫ぶ。

「あぁ、そうだ、ルイ。早く逃げないと、アイツらが……」

 テオは意味深にそう言って、空を見上げた。


 その先には、入道雲。そして、入道雲にはポッカリと穴が開いていた。

 が、姿が分かるほど近くに押し寄せていた。

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