ヒトトキ

「猫が喋るわけないじゃない」


 戻ってきたナラは、獣人族用のジャージに着替えていた。興奮し過ぎて耳と尻尾をしまえなかったそうだ。


「百歩譲ってテオがじゃなくて、としようじゃないの。実際目の前にいるし。でも流唯の魔法みたいな炎がなんだったのか全然分からない。流唯こそ、なにか火を操るような貴重種の先祖返りだったんじゃないの?」

「火を操る動物なんていねぇよ」

「ほら、ドラゴンとか。流唯のお母さんの遠い先祖がヘビ科じゃなかった?」

「トカゲ科だよ。大体ドラゴンなんて実在しないだろ」

 でも、とナラが言いかけたところでテオが咳払いをした。


「君たちの世界のことは大体把握した。先祖の話は後にして、今はルイがエレメントを使いこなせるようにするのが優先だ。犬たちは君を諦めないだろうからな」

「ね、テオ。私も使えるの?そのエレメント」

「使えるぞ、理屈としては。センスがものをいう領域だがな。その中でもルイはずば抜けて……む……通信だ。しばらく外すぞ」

 テオはそう言った瞬間、猫の置物のように硬直して動かなくなった。ガラス玉のような瞳だけはキラキラと煌めいて、夏の終わりの大きな入道雲を映していた。


 テオの様子にぽかんとしたのも束の間だった。ナラがすっと立ち上がり、出しっぱなしの耳と尻尾の毛を逆立てた。


 サガミだ。

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