ナラ

 大型猫は大きな牙の隙間にテオを咥えていた。ナラだ。

 大きな猫、サーベルタイガーの後ろ足には、椅子の足だった木の棒が括られている。ナラは唸った。


 一瞬怯んだサガミも、今は熊(別の動物に例えるという侮辱だが)のような体勢で、テオを咥えたナラと対峙する。


「おぉ……素晴らしい獣化だ!佐賀美、なんとしてもこの貴重種を捕らえろ!」

 イズモの声が興奮で揺れる。

「それに、その人語操る猫もな……!!完全に獣化すると人語は使えないはず。なんと素晴らしい研究対象だ……!」

 イズモは息を荒くして饒舌になったが、対立する二人の間は呼吸を忘れるほど切迫したものだった。

 

 最初に動いたのは、ナラだった。


 ぶんと、テオを俺の方に向けて投げた。それを皮切りに重量級の体がぶつかり合った。


 投げられたテオを受け止める。

「ルイ、さっきのシャーペンをサガミに向けて集中しろ。そして『聖なる光よ、集え』と唱えるんだ。……お前の必殺技だ」

 テオは歯切れ悪くそう言った。


「……テオ、後でちゃんと説明しろよ」

 仕組みは分からないが、さっきは炎が作られた。目の前で幼馴染が戦っているのに、オレが何もしないわけにはいかない。

 立ち上がって、シャーペンの先をサガミに向け唱えた。


「聖なる光よ、集え!!!!」


……


…………

 

 部屋は静まり返り、自分の声が耳の奥でこだました。


「おかしい……」

 テオだった。

「おい」

「こんなはずでは……」

「テオ!」

 何もできない苛立ちをテオに向けるように、声を荒げた。


……ガウッ……!!!


 ナラの声が先ほどとは違う調子で響き、鋭い眼光をこちらに向けた。

 ナラはもう一度吠えると、サガミに向かって突進しギリギリのところでサガミの一辺倒な攻撃を避けた。そして今度はオレたちに向かってきた。ナラだと分かっていても、その重力感のある体躯に圧倒される。

 

 ナラは俺を鼻先で持ち上げ背中にしがみつかせると、テオを先ほどのように咥え、サガミを一瞥しオレたちが入ってきた方向に向かって走り出した。

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