IVY

 急にドアノブが捻られ、古い内開きのドアに引っ張られた。オレは咄嗟にドアノブから手が離せず、そのまま引きずられるようにビルに吸い込まれ、クッションの中身のようなものに身を預けた。


「なんだ、お前」

 クッションの中身はしゃべった。

 柔らかなその奥の人の肌のような感触に、汗の匂いを嗅いだ。同時に、背中の制服を引っ張られドアの外に放り投げられ、ようやく視界がはっきりする。


 目の前にいたのは、イヌ科と思われる獣人族だった。


 顔つきは人間で、耳と手足そして尻尾と部分的に毛皮をまとっている。さっきオレが顔を埋めた胸には、グレーに近い白い毛が生えていた。胸毛……と思うとゾッとした。


「女を返してもらおう」

 背後から声がした。テオだ。

「あぁ?」

 はっきりとイヌ科獣人の表情が険しくなるのが分かる。彼は一歩ドアを踏み出すと、オレは本能的に尻もちをついたまま後ずさった。奴は大股の一歩でオレの目の前に立ちはだかると、学ランの襟元を掴み上げ顔をつき合わせる高さまで持ち上げた。オレの体は少し浮いた。


「女なんて、いねぇよ」

 鋭い眼光で凄まれた。

「下っ端の駄犬は仲間外れか。残念だな、犬」

 テオはトライブ・ハラスメント(種族的嫌がらせ)たっぷりに、奴に喧嘩を売った。みるみる奴の表情が変わっていき、首元の手に力が込められていく。


「何をしている、佐賀美サガミ

 ドアの奥、ビルの中からゆったりと低く響いた。

出雲イズモさん!女を追ってきた奴を捕まえました」

東雲流唯しののめルイだ!さっさと連れ去った女を返せ」

 テオはお手本のような返事をすると、反応したのはサガミと呼ばれたイヌ科獣人族の方だった。

「しののめ……るいだと?お前こそ、女みたいな名前だな!ひょろひょろで、あの猫女よりも細いんじゃないか」

 さっきのお返しだろうか、サガミは俺のコンプレックスを直撃する言葉を吐き、ガハハハと大笑いした。


「五月蝿いぞ、佐賀美。……そいつらを連れて来い」

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