君が好きだった。

ぐらにゅー島

「月が綺麗ですね。」

夜空が綺麗な日だった。


ベランダで、一人スマホを握りしめて俺は立っていた。

また、八月が巡ってきた。

随分長いこと、月を眺めていたので随分と汗をかいてしまった。


スマホの画面には、彼女の電話番号が表示されている。

今かけたら、君は電話に出てくれるだろうか?



 あれは、去年の今日のことだった。


彼女と、俺は地元の夏祭りに訪れていた。

花火も打ち上げる、大掛かりなもので人も多く、賑わっていた。


実際、まだ高校生のガキだった。

人生で初めてできた彼女とのデートで浮かれていたんだ。


あの日、初めて手を繋いだ。


人が多いからはぐれるなよ、と言うと、彼女は笑って受け入れてくれた。

そんな言い訳をしなくちゃ、彼女に触れることも出来なかった。

手が汗ばんでしまったのが、少し気掛かりだった。


折角花火が上がっているのに、彼女は月を眺めていた。

月が綺麗ですね、なんて彼女は言ってきたものだ。

あいにく、俺はそんな言葉の意味も知らなかったから。

お前の方が綺麗だ、なんて返した。


浴衣を着た彼女は本当に綺麗だった。

あれは、夜の魔法だろうか?一層彼女を神秘的なものに魅せてしまう。

それはもう、天使の様だった。


幸せな時間ほど、すぐに過ぎてしまうものだ。

夏祭りも終わり、他の客も一斉に帰って行った。

俺たちも、勿論例外じゃなく。帰路に着いた。


気の利く男だったら、暗い中彼女を一人で帰したりしないものだ。

しかし、俺はまだ子供で。交差点で彼女と別れた。


帰ったら、電話するから。

そう言って、彼女は笑っていたっけ。


繋いでいた手を離すのが惜しくて。あのまま彼女を抱き締めたかった。

そして、そうすればよかったと今でも後悔している。



あの日、彼女は事故で死んだ。



祭りで酒を飲み、そのまま車を運転した大人に轢かれたのだ。

即死だったらしい。


あの時もう少し、あと一秒でもその道を通るのが遅かったら彼女は生きていた?

あの時、俺が彼女を家まで送っていけば。

あの時、彼女を抱きしめれば。


夏に夜空を見上げると、そんなことばかり思い出してしまう。



あの日、決して鳴ることの無かった電話の着信音。

今かけたら、君は出てくれるだろうか?


そんなことは、叶わないと分かっているのに。


そう思うと、また目から汗が出てきてしまう。

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