坑道めぐり

@yuuki9674

第1話




今日は天気が良い。見たことのない綺麗な雲が空に広がっていた。

調べると、シラス雲、とでてきた。

美味しそうな名前と裏腹に抒情的な広がり方だ。

朝から子供が、今日は世界遺産の坑道巡りだと、やたらにテンションが高い。

「中に入ると涼しいねぇ」

「寒いくらいよ」

坑道にはいると、ぬめぬめとした岩壁と、無表情なマネキンが我々を招き入れる。

「なにこれ…こわい」

そばにいた子供がつぶやく。

「昔の坑夫だよ。こんなふうに仕事をしていたんだ。すごいねぇ」

足がすくんだ子供を励ますように、高齢の女性が声を張り上げる。

孫と遺産巡りを案内する祖母だろうか。

生々しく切り出された岩肌が、凄みを添える。

奥から異様に冷え冷えとした空気が流れ込んでくる。

足を進めると、ぴしゃんぴしゃんと、上から透明な液体が滴り落ちてくる。

滝のように水が流れ落ちてくる場所も有る。

かつての千利休が味を絶賛し、茶をたてたことから、太閤湧き水と称えられる、と看板が誇らしげにかかげる。


確かに美味しそうな湧き水だが、「飲用禁止」と書き添えているところをみると、微量ながら有害物質がふくまれているかもしれない。

鉱山の壁には、美しい黄緑色に染まっているが、「これは硫化水素です」と解説がなされていた。

人影は少なく、皆が静かに進んでいる。

暗く、ぬめぬめとした道のなか、体だけが冷えてゆく。

産道だろうかとふっと考え、むしろ冥府への道といったほうがしっくりとくると思い直す。

無表情でマネキンが仕事を続け、無表情で食事をとるポーズをする。

数分に一度、無表情で動く、少年の箸がむしろ不気味だ。

「シャーリング技法です。より深く坑道がほれることから、近代で盛んにしようされました」

奥を覗くと、暗い深淵がどこまでものびてゆく。


出口が近づく。

昔使用されていたというエレベーターのボタンが、暗闇の中赤く輝く。

「こいつら、14,5歳かよ」

前に居た一団の一人が、説明書きを見て呻くようにつぶやく。

「そういう時代だよ。すごいじゃねえか!」

やけくそのように誰かが声を荒げる。

すごいというのは、誰を指すのか、何を指すのか。

ふとわからなくなる。

出口から少年がかけてくる。

「おそい」

「ごめんごめん」

ふとみると、息子の声だった。

外に出ると、異様な暑さがじりじりと地面を焼き、冷えたからだが、溶けていく心地がした。

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