犬獣人の奴隷闘士

「俺はドクル、訓練士だ――といっても、奴隷闘士の雑用係みたいなもんだがな。お前の名前は?」

「ノアクル」

「……ノアクルだぁ? あの呪われた王子と同じ名前とは災難なこった。……それじゃあ、これをつけてくれ」

「首輪?」


 巨漢の男――訓練士ドクルが手渡してきたのは、魔石がはめ込まれた首輪だ。

 ノアクルはそれをためつすがめつする。


「これをつけないと奴隷闘士として認められねぇんだ。いわゆる反逆や脱走防止用だな」

「なるほど、それでは素直に従っておくか」


 たぶん、オーナーの意に反した行動をすると力が抜けたりする感じなのだろう。

 ノアクルは言われた通りに首輪を装着した。


「よし、これで変な行動を起こしたら首輪が爆発して胴体とおさらばすることになる」

「……予想していたよりもずっと過激なんだが!?」

「おら、これでもうテメェは怖くねぇ! 早くステキな奴隷のお城へ向かうぞ!」


 さっきまでのお返しとばかりに、ドクルはゲシゲシと軽く蹴りを入れて移動させようとしてきた。

 本気の蹴りではないので、一応は商品として扱っている程度の態度は見える。

 非常にうざったいのだが、今はしたがっておくことにした。




 ドクルに連れられてジメジメとした暗い通路を進むと、鉄格子がはめられた牢屋のような場所に辿り着いた。


「余ってる部屋はここだな。食われねぇように注意しろよ、ふひひ」


 ノアクルはその中に入れられ、部屋は金属の鍵で施錠された。

 いくつかの視線を感じる。

 薄暗い中で見回すと、そこには数人の先客がいた。


「おいおい、新人……もしかして人間かぁ?」

「可哀想になぁ~」

「弱そうだな、オレたちで食っちまうか?」


 そこにいたのは犬の頭をした人間――犬獣人たちだった。

 人間と獣人との混血であるジーニャスとは違い、全身の長い体毛や、頭部の骨格が犬なので血が濃いのだろう。


「なるほど、ドクルが言っていた〝ケモノ〟とは獣人のことか」

「そうだぜぇ……オレたちゃ血に飢えたケモノだぁ……。相手を引き裂き、喉笛を掻き切って食っちまうのが大好きなのさぁ……!」

「……」

「どうした急に黙って……? もしかして、ぶるっちまったのか?」


 ノアクルはフッと笑った。


「いや、ついおかしくてな。言葉の割りにお前らからはほとんど血の臭いがしない。ここは奴隷によっぽどいい石鹸を使っているようだ」

「くっ、人間てめぇ……!!」


 犬獣人は手を出してくるかと思ったが、睨み付けただけで堪えたようだ。


「命拾いしたなぁ……奴隷同士の私闘は禁じられている。だがしかし……明日の戦いで後悔するんだな……ズッタズタに引き裂いてやるぜ……」

「俺と戦うのか?」

「ああ、たぶんな! オレ様の名前はトラキア……この新人たちが集まる部屋のまとめ役だ! 絶望を味わってもらうために、ここのことを教えてやるぜぇ!」


 他の獣人と比べて少し小柄な、モヒカンヘアーのまとめ役――トラキアが言うには、奴隷闘士のランクは三段階があるらしい。

 最初はCランク。

 これは新人に与えられる最初のランクだ。

 この部屋は新人が集められるので、必然的にCランクが集まっている。

 Cランク同士の試合はあまり人気がなく、ゴルドーたち上流階級はあまり見に来ない。


 次の段階はBランク。

 中堅どころが集まるランクだ。

 Cランクを突破した新進気鋭や、上へいけずにくすぶっているものなどがいて、一番層が厚いらしい。

 上流階級の人気はそこそこだ。

 ここで目立てば気に入られて待遇が良くなることもあるらしい。


 そして最後がAランク。

 この地下闘技場で最強の者たちが集うランク。

 戦士の中の戦士。

 大体の者が上流階級のお気に入りで、運が良ければゴルドーから直接声をかけられるらしい。


「どうも親切に、助かる」

「あ、こちらこそご静聴ありがとうございました……って、そうじゃねぇ! 何も理解してねぇテメェをギッタギタに叩きのめしても面白くねぇからなぁ! こう見えてオレ様は一回はBランクまで行ったことがあるんだぜぇ? どうだ、ぶるっちまうだろう?」

「あ、このベッドを使っていいか? たぶん空いてるよな」

「この人間、聞いちゃいねぇ!」


 ノアクルは目の前の犬獣人たちより、いきなりボッチで放り出されたメンタル的なダメージがデカかったので早く眠りたいのだ。


「メシの時間になったら起こしてくれ」

「誰が起こすか!!」


 犬獣人たちの唸り声を子守歌にして寝た。





「おい、人間。メシの時間だぞ」

「ん、ああ。トラキア、起こしてくれて感謝する」


 意外と素直に起こしてくれたなと思いつつ、ノアクルは目を開けた。

 すると冷めきったスープが用意されている。

 たぶんドクルが運んできたのだろう。


「さぁ、食えよ。毒なんて入れてねぇからよぉ……フヘヘ……」

「ということは、何か入れたな? 毒と言っても致死量だと大問題になる。弱めの毒か」

「さ、さぁ……どうだろうなぁ!?」


 トラキアのリアクションからして大当たりらしい。


「やれやれ、人間の……いや、犬獣人の器からしてBとCを行き来するのが精一杯という感じだな」

「な、なんだと!? だが、テメェはそれを食べなきゃ明日は腹ぺこで戦わなけりゃならねぇ! そんな偉そうなことを言っても――」

「元々が不味そうなスープだが、毒を盛られたらゴミとしか言えないな」


 ノアクルは手をかざしてスキル【リサイクル】を発動した。

 毒だけ分離して、見えないようにトラキアのスープへ移し替える。


「それじゃあ、頂きます。……むぅ、味だけはどうにもならないな。今後の事を考えて色々と試すか?」

「はっ、何わけわからねぇことを言ってんだ!」


 トラキアは大笑いしたあとに、自分のスープをグビグビと飲み干したのであった。

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