ノアクルVS狡猾たるトラキア(Cランク)
次の日、地下闘技場でノアクルとトラキアの対戦カードが組まれた。
闘技場は石壁の円形で、地面は土が敷き詰められている。
左右の端に入り口があり、そこから選手が入場してくる。
闘士用のマスクを付けられているノアクルと、同じく闘士用のマスクを付けられているトラキアだ。
トラキアは中央までフラフラ歩いてくると、腹を押さえながらうめき声を上げる。
「うぐぐ……汚ぇぞ……何か盛りやがったな……人間……」
「リングネームは〝狡猾たるトラキア〟だが、〝マヌケなトラキア〟に変更した方がいいんじゃないか?」
「くっそぉ! このオレ様はお腹ピーピー程度で負けねぇ! 卑怯なお前を真っ正面から叩きつぶしてやる!!」
どちらが正義の側かわからない言葉の応酬となっているが、試合が開始された。
ルールは素手による戦闘だが、獣人には牙や爪という生まれながらアドバンテージがある。
下手な剣よりも攻撃力があり、皮膚を切り裂き、骨を噛み砕く程度は造作もないだろう。
一見、ただの人間であるノアクルは不利に思える。
数少ない観客たちもそう思い、ノアクルが一方的に
『では――新人闘士ノアクルVS狡猾なるトラキアの試合を開始します!』
場内にアナウンスが流れ、歓声もほとんどない中で勝負が開始された。
最初に仕掛けてきたのは、片手で腹を押さえつつのトラキアだ。
その動きは予想外に素早い。
「くっ」
爪が鼻先をかすめる。
ノアクルは念のため、大きめに後ろに回避しておいたのだが、それが功を奏した。
対人戦の感覚でいたら、今頃は爪で切り裂かれていただろう。
初撃を回避して、ノアクルが声をかける。
「さすが獣人、漏れそうになっていても身体能力は高いな」
「も、漏れそうになんかなってねぇ! その減らず口をたたけないようにしてやるぜ!」
それからもトラキアは素早く、鋭い動きで攻め立ててくる。
ノアクルがカウンターで反撃しようとしても、獣特有の勘で避けてくるのだ。
無理に踏み込めば一撃を入れられそうだが、さらにカウンターをされてケガを負う可能性が高い。
「Bランクまで行ったことがあるというのは、口だけではないようだな……。さすがだ……」
「ククク……どうやらオレ様の実力がわかってきたようだなぁ……! 逃げてるだけじゃ勝てねぇぜぇ!」
「いや、勝てるが」
「……は?」
ノアクルは構えを解いて、信じられないことに全力で後方へ走り出した。
トラキアとしては、いきなり戦闘放棄されてポカンとした表情をするしかない。
「考えてもみろ。天然の武器を持っている獣人と、爪も牙もない人間がまともに戦って勝てるはずないだろう?」
ノアクルは強い。
しかし、それは同条件の対人戦闘での場合だ。
たとえるのなら、素手の達人が、刃物を持った素人に無傷で百パーセント勝てるか? と聞かれたら、それはノーと言うだろう。
王国の軍人ですらそう答えるのが普通だ。
「な、何を考えてやがる……まさか……!?」
「トラキア、お前は――」
ノアクルはマジメな表情で言った。
「もうすぐ漏らすだろう」
「て、てめぇぇぇえええ!! なんて卑劣な奴なんだ!! このゴミ野郎!!」
「俺に対してゴミは褒め言葉だ、どーもありがとうございます!」
「舐めやがってぇぇぇー!!」
トラキア追う、ノアクル逃げる。
普段から逃げ足を鍛えていたノアクルは、獣人相手でも互角に逃げられる。
さらに時間が経てば経つほど、トラキアの顔色は青くなり動きが鈍ってくる。
観客たちは同情の念を覚えるか、その予想されすぎる結末を見たくないために帰ったりしていた。
そして、そのときが来てしまった。
「あ、ああー! そ、そんな……オレ様が……そんな情けない姿を晒せるはずが……いやだあああああああ!!」
「ルール的にはどちらかが降参か、戦闘不能になるまでだが……。最後まで諦めない根性は認めざるを得ないな……敬意を表する……」
無様に倒れてしまったトラキアに対して、ノアクルは自らが着ているボロ布を取り去って全裸になり、それを栄光ある敗者にファサッとかけてやったのであった。
「な、情けはいらねぇ……」
トラキアは大号泣していた。
***
「よう、兄弟!」
トラキアは漏らした姿を晒し、ノアクルは全裸を晒した。
そこに謎の絆が生まれて、なぜか急激に親密度が上がってしまった。
部屋の中でも何かと話しかけてくる。
「……俺の名前はノアクルだ」
「いいじゃねーか。呪われて死んだ王子と同じ名前なんて、色々と誤解されて大変だろう? なんてったって、オレたちはもう兄弟だからな!」
やたらとベタベタしてきて暑苦しいが、部屋の中で警戒する必要がなくなったのは助かる。
それとこのラストベガ島にやってきた目的の情報を引き出せるかもしれない。
「なぁ、トラキア。この島にローズという女の子がいないか?」
「ローズ……。あ~、ゴルドーのお気に入りか」
「知っているのか?」
「そりゃもう、オレたち獣人の間じゃ女神様さ。ちょっと話が長くなるが、いいか?」
「ああ、頼む」
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