潜入、金ですべてが買える島ラストベガ
樽の中――それは息苦しく、蒸し暑く、自分がワインか
ノアクルは、今そこにいた。
(狭い……しかも振動がなかなかにエグいぞ……)
どうしてこうなったかというと、話は少しだけ戻る。
海上都市ノアの方の問題はなくなったのだが、今度はどうやってローズを実際に救出するかとなった。
どうやらローズはゴルドーのお気に入りで一緒に行動しているらしいのだが、それを一般人の目に晒すことはない。
『唯一のチャンスは、最近ゴルドーが入り浸っている〝とある施設〟ですにゃ! 海賊のツテで、内部の協力者がそこまで案内してくれるとのことですにゃ! 潜入用の衣装もバッチリ!』
あの天才ジーニャスがいけるというので、ノアクルはあまり話を聞かずにそれを実行した。
その結果、樽に入れられて、ジーニャスの協力者とやらに運ばれているのだ。
(樽の中はなかなかにきついが、あの天才ジーニャスの作戦だから安心だな……。それにしてもどこへ運ばれるんだ?)
ラストベガといえば、大きなカジノや宿泊施設がある娯楽の島として有名だ。
別名、〝金ですべてが買える島〟とも言われている。
樽の中のノアクルからでも、外のコインやルーレットの音が聞こえてきていた。
(……ということは、俺はカジノへ潜入して、隙を見てそこにいるローズを救出するということか?)
ノアクルは妄想した。
自らがクールなシャツ、ベスト、蝶ネクタイを装備したディーラーに変装して、華麗にロイヤルストレートフラッシュを出してゴルドーに大勝利。こちらへ尊敬の念を向けて心変わりしたローズを連れて、刺激的な舞台脚本のようにカジノを脱出する。
背景は爆発していると、なお良い
(ふむ……悪くないプランだな! さすが天才ジーニャスだ!)
樽の中で体育座りをしながら機嫌良さげにしていると、あることに気が付いてしまった。
(おや? カジノらしき音から遠ざかっていくぞ……?)
騒がしさから無縁の場所へ運ばれてきている。
ノアクルはそれを疑問に思うも――
(なるほど、従業員用の部屋へ運ばれるのか。そう考えれば自然だな)
自信ありげに一人頷く。
その後、なぜか階段を降りて地下へ向かって行く振動を感じた。
(カジノのディーラーというのは、地下に部屋を持っているのか。市政というのはなかなかに興味深い)
ゴルドーのカジノが市政かはともかく、かなり地下深くへ降りたところで振動が止まった。
ゴトリと樽が地面に下ろされて、フタが開けられる。
思わず眩しさに目をつぶりそうになってしまうが、差し出された手を掴んで中から出る。
随分と寂れた石と土剥き出しの汚い部屋で、そこにいたのは協力者の男だ。
いかにも海賊という風体なので、元海賊なのかもしれない。
「あっしが協力できるのはここまでやす」
「そうか、感謝する。では、着替えをくれないか?」
ノアクルはいつもの服なので、ディーラー用の服に着替えなければと思っていたのだが――
「はい、こちらにありやす」
「……は?」
手渡された服は、服と呼ぶのかも怪しいぼろ切れだった。
「こ、このカジノのディーラーは随分と刺激的な格好をするのだな……」
「ディーラー……? この服は奴隷用でやすよ」
「ど、奴隷……どういうことだ……?」
「あれ、ジーニャスさんから聞いてないんですかい? 作戦の内容は――」
ゴルドーがやってくるのはカジノではなく、奴隷たちを賭け試合で戦わせる地下闘技場だ。
そこへノアクルが奴隷として潜入、見事に勝ち上がってゴルドーのお気に入りになってローズを救い出す。
「なんだ、そのクソみたいな二行の作戦は!?」
「『ノアクル様なら、たぶん大丈夫だにゃ!』とジーニャスさんが言ってやしたが……」
「どれだけ過大評価だっ!? そ、そうだ。他に誰か一緒に来ていないのか? アスピ……は戦いで役に立たないからいいとして、言い出しっぺのジーニャス! 海賊なら戦えるだろう!?」
「陸までの移動の船酔いで倒れてやした」
「陸での作戦に関しては天才ではなく無能だな……あいつ……。それじゃあ、一番腕っ節が強そうなムルは!?」
「寝てるので運べやせんでした」
「ああああああ、マジかああああああ!?」
つまり、ノアクルはソロである。
ボッチである。
仲間との絆などは存在せず、ただ一人、孤独に奴隷プレイをしなければならない。
絶望の表情で頭を抱えつつも、普段の服のままだと協力者にも迷惑がかかりそうなので、渋々と奴隷のボロ布服に着替えた。
「さすがの俺でもこの状況は泣くぞ……」
半裸で深いため息を吐いていると、奥の扉が開いて巨漢のスキンヘッドが入ってきた。
「おう、こいつが新入りか。使い物になるかこの場で戦ってテストしてやろう……と思ったが、随分とひょろいな。こんなんじゃ無理だ、キャンセルす――」
まだ溜め息が出きっていないようなタイミングでノアクルはさらに不機嫌になり、無防備な巨漢にスタスタと近付いて行く。
パシッと足元に蹴りを入れて巨漢のバランスを崩し、同時に流れるような動きで鳩尾にワンインチパンチを叩き込む。
「がッ……ハッ!?」
「さっきまで自信なさげだったのに、お見事な腕前で……」
「俺自身が弱いとは言っていない。幼い頃から護衛を付けられずに悪漢を処理していたからな」
ノアクルは、吹っ飛んで倒れている巨漢に手を貸して起こしてやった。
「ご、合格だ……。なかなかやるじゃねぇか……。しかし、ここの奴ら相手にどうなるかな……」
「ほう?」
「一言だけ言っておく、奴らは普通じゃねぇ……血に飢えた〝ケモノ〟だ」
それを聞いて帰りたくなったノアクルだった。
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