ゴミ王子と金の薔薇

 ――ローズ・アルケインとの出会いは、ノアクルが九歳のときだった。


「うわぁ、ちっちゃい手だなぁ」


 病院の一室、ゆりかごの中には産まれたばかりの赤ん坊がいた。

 その赤ん坊は、ノアクルの差し出した指をギュッと掴んできた。


「あらあら、ローズはノアクル殿下がお好きなのかしら。将来はお嫁さんというのも考えなくてはいけませんね」

「ははは……ノアクル殿下とは、いとこ同士だぞ。それにいくら殿下とはいえ、ローズを嫁にするのなら私めを倒して頂かなければ……!」


 気が早すぎるローズの両親のそれは冗談だと思ったが、今思えば本気だったのかもしれない。

 若干、目が笑っていなかったし、圧を感じた。




 そんな大人たちの思惑などつゆ知らず、子どもはスクスクと成長していく。

 ローズが歩けるくらいになったときには、ずっとノアクルについてくるような関係になっていた。


「おうじさま! おうじさま! わたくしのだいすきな、おうじさま!」

「ええい、王子王子とうるさい。どこにでもついてくるな!」

「ひどいですわ~……」

「さっきは風呂、今度はトイレ! マジで止めろ!!」

「やだやだ~!」


 大人から見たら子どもたちの微笑ましいやりとりかもしれないが、そろそろ思春期を迎えそうなノアクルからしたら、うざったいという気持ちが強かった。

 ようするに、大人と子どもの視点とは大きく異なるものだ。




 それからまた少し時間が経ち、ノアクルがガラクタ置き場などに出入りするようになって、周囲からの評判が悪くなった頃だ。

 ローズだけはいつもと変わらず、ノアクルについてきていた。

 ただし、勉強をするような年齢まで成長していて、かなり性格が変わっていた。


「殿下、そろそろ帝王学などを学ばれてはいかがですか? 無知というのは罪ですわ」

「そういうのは苦手だ。それに、呪われた子である俺なんかが学んでも意味ないだろう。どうせ王にはなれないだろうし、そういうのは優秀な弟のジウスがやってくれるさ」

「まぁ、腐った性根ですこと。品性は血筋で自然と身につくものではなく、意図して身につけるものというのが実証されそうですわね。論文でもお書きになったら大ヒットですわ」

「何でもいいから、どこにでもついてくるのは止めろ……。面倒臭いし、それに俺と一緒にいると……ローズまで何か言われるようになるぞ」

「お断りしますわ。わたくしは、わたくしのやりたいことをするまで。殿下にはそれなりの人物になって頂くために、品格などを備えて頂きたいですわ」


 常にローズから逃げるのは変わらずだが、今度は小言や勉強から逃げることとなった。




 そしてローズが十一歳、ノアクルが二十歳になった頃だ。

 彼女は幼いながらも愛らしく美しい顔立ち、華やかな金色の長い髪、強い意志を感じる碧眼。

 父であるアルヴァ宰相の元で勉強をして、すでに補佐をするようになっている優秀さだ。

 才色兼備を備え、周囲からは畏怖を込めて〝金の薔薇〟と呼ばれるようにまでなっていた。


 だが、そんな完璧に見える彼女にも二つ欠点があった。

 一つは口の悪さだ。

 ノアクルと舌戦を繰り返す内に、相手に正論……いや、それ以上の正しい毒を吐いてダメージを与えてくるようになった。

 長い付き合いのノアクル相手ならまだしも、彼女の愛らしさに釣られてきた者などはギャップの激しさに面を食らってしまう。

 物理的な毒だったのならまだ解毒できるが、印象としての毒はどうにもできない。

 ノアクルと一緒にいるというのもあって、周囲からの評価は『非常に優秀だが……その美しい容姿を利用して、貴族と結婚して家に引っ込むべき』とのことだ。




 ***




「そして、二つ目の欠点は――ギャンブル好きだ」

「さ、宰相の令嬢がギャンブル好きですかにゃ……?」


 これまでの馴れ初めを聞いて『幼なじみの男女の関係ってステキですにゃ~』と乙女の表情をしていたジーニャスだったが、今は表情を固まらせていた。


「しかも、ギャンブル運が悪すぎてほぼ絶対に負ける」

「それってすごいダメ人間なのではないですかにゃ……?」

「ああ! 俺が自信を持って言えるレベルのゴミだ! たまにこっそりと国庫の金を資産運用して金貨一万枚増やし、その金をギャンブルで勝手に五千枚減らすような人間のクズだ!」

「う、うーん……結果的には増えた五千枚が残ってるけど、たしかに人間としてはあまり褒められたものではないですにゃ……」


 時代が違えば死刑になってもおかしくないレベルだろう。

 そういうこともあって、周囲は頭を悩ませているのだ。


「まぁ、その欠点二つさえなければ超優秀だ」

「うーむ、たしかに現在欲しい人材じゃのぉ……」


 年の功から清濁飲み込むアスピは、うんうんと頷いている。


「その話を聞いたら、ローズという娘を助けに行くのは賛成じゃな」

「さっすがアスピ、話がわかるな! しかし、少し杞憂することがあってな……」

「なんじゃ?」

「このイカダが大きくなって目立つことと、帆だけで機動力を確保できるかどうか心配だ」


 ラストベガでローズを助ければ、その領主ゴルドーが敵になる可能性が高い。

 その場合、この巨大な海上都市ノアが見つかってしまうだろう。

 現状、魔大砲で攻撃力はあっても、防御面に不安があるのだ。

 逃げるにしても、巨大すぎて速度が出ないのでは話にならない。


「なるほど、そこらへんは調整してみるのじゃ」

「アスピ、何か手があるのか?」


 アスピは小さいながらも、威厳を保とうとふんぞり返る。


「ワシを誰か忘れたのか。島として祭られていた大地亀じゃぞ。信仰さえあれば神にもなれるわい」


 そういうとアスピの身体が輝きだし、それがイカダ全体に伝播した。


「こ、これは!?」

「海賊村の住人が増えた分、ワシへの信仰もパワーアップした。それをノアクルの要望に回してみたのじゃ。追加した機能はステルス障壁、強化した部分はイカダの速度アップ」

「アスピ……お前、すごい亀だったんだな……」

「最初からそう言っておるじゃろ!? ホッホッホ、まぁ存分に崇めるといいのじゃ」

「今だけはおだてておくか」

「おい、何か聞こえたのじゃが」

「いえいえ、さすがアスピ様! さすアス! ほら、ジーニャスとムルもやれ!」


 普通にいつも敬っているジーニャスは苦笑いをして、ムルは普通に昼寝をしていた。


「ああ、それと魔大砲のさらなる強化もしておこう。使わないのが一番だがな」


 そんなやり取りをしつつ、海上都市ノアはラストベガ島へと進んでいく。

 そこに何が待ち受けるのか知らずに。

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