一件落着、そして――

「これにて一件落着ですわ!」


 トレジャンを倒してからしばらく経ったが、今度は復活してこないようで山のような姿は見えない。

 ノアクルは甲板で寝っ転がりながら身体を休めていて、その横を離れようとしないローズが配下から様々な報告を受けていた。


「あとは島の調査をすれば、ラデス王からの依頼も達成か。まったく、ここまで結構な寄り道をしてしまったな」

「色々と手に入れたし、被害も出なかったので結果オーライですわ」


 これまでただノアクルが新しいワザを覚えたり、海上都市ノアが増強されたりしただけでなく、ローズが交易などを行って経済的にもかなり得たモノがあるようだ。

 正直なところ、トップがノアクルだけだったら国家として詰んでいただろうと思えるほどだ。


「島の中も黒い霧が晴れたらしいので調査隊を送っていますわ。何か有益な物資、情報などがあるとお金になりますわ~」

「ローズ、相変わらず金が好きだな……」

「お金と賭け事は人生の潤いですので」

「賭け事だけは止めておけ……」


 今でもたまに海賊や獣人たちと賭け事をして、毎回負けているという噂を聞いている。

 むしろ最近は相手が気遣って金を賭けずに、お菓子や果物にしてあげているらしい。

 この海上都市ノアの優しい世界ではなかったら、ローズは無一文になっているところだろう。

 天は宰相の才能は与えたのに、ギャンブルの才能は与えなかったようだ。


「うーん、ギャンブル狂のカス……」

「何か仰いましたか?」

「いや、何も仰っていないぞ、ハハハ……。はぁ~……にしても、さすがに疲れたな……」


 基本的にノアクルはもう戦う体力もなく、事後処理をするのならローズの方が優秀なのですることはない。

 こうやって緩く喋ることくらいしかすることがない。

 それに体調を推してまで無理をしても、ローズから怒られる可能性すらある。


「これで何もかも終わったな……。いや、そういえば誰か忘れているような……」

「え?」

「……ムルってまだ戻ってきてないよな?」


 ――と、そこへ急いで報告にやってきた海賊がいた。

 たしかジーニャス海賊団の古株の一人だ。


「た、大変ですぜ!! トレジャンを……トレジャンを発見しました!!」

「おいおい、マジか」




 ***




 ノアクルは急いで報告の場所に駆け付けたのだが、トレジャンは倒れていて動けないようだった。

 普通の人間の姿で、黒い影もまとっていないので力も使えないらしい。


「さすがに限界か」


 ノアクルとしては、さすがにこれでまた復活してきたら打つ手がなかった。

 切り札の万物灰塵砲ゴッド・ダストカノンも、大魔導エンジンのゴッドスレイヤー二基が完全に使えなくなってしまったために、修理と調整でかなり時間がかかるらしい。

 そんなわけでトレジャン発見の報告を聞いたときは心臓が止まるかと思った。


(心臓が止まったらまた向こうの世界へ行ってしまうな、なんちゃって……とか冗談を言っている場合ではないな)


 警戒しつつもトレジャンに声をかける。


「しぶとすぎだろう、トレジャン……」

「どうやらディロスリヴに気に入られちまったようでなぁ……一回だけ助けてくれてやるだとよ……。助けるならもっと万全の状態にしやがれってんだ……」

「万全の状態なら、お前また俺と戦うだろ……」

「当たり前だ……負けっぱなしは性に合わねぇ……」


 ギリギリ歩けるようになったノアクルに対して、万全のトレジャンが戦いを挑んできたら負けるに決まっている。

 さすがにノアクルもそれはアホらしいと思ってしまうので回避できて嬉しい限りだ。


「ところでノアクル、アイツは――ジーニャスはいるか……?」

「ジーニャスなら、お前を殺してしまったと思って泣き疲れて部屋で寝てるらしいぞ」


 ジーニャスは万物灰塵砲ゴッド・ダストカノンを撃ったあと、勇ましく決まったと思ったが、すぐに涙がポロポロ出てきて号泣してしまい、泣き疲れて寝てしまったのだ。

 強い心の持ち主だが、まだ十五歳の少女だ。

 戦いが終わったあとは、それに対してノアクルも何も言わない。


「ははは……アレを撃ったのはジーニャスか。その度胸は海賊に向いているな、優しすぎるところは向いてないがなぁ」

「それは俺も同意だ」

「……さて、ジニコからの伝言だ」

「ジニコ……? その人はたしかジーニャスの母親で、すでに亡くなっているのでは……」

「『イキってる娘によろしく』だとよ。あんまり無理をさせるんじゃないぜ、ノアクル・ズィーガ・アルケイン」

「あ、ああ……」


 ノアクルは戸惑いを見せた。

 死んだ人間からの伝言というのは、生前に伝えられたものだろうか?

 いや、状況的に死の淵へ誘われたトレジャンが実際にジニコに会って話したものだろう。

 自分の母親と死の淵で話したノアクルには何となくわかる。

 死と再生の海神ディロスリヴとは、そのような力がある。


「それと……これはお前にも関係があることだ」

「まだなにかあるのか?」

「海賊王フランシスは死んじゃあいねぇ。生きている」

「フランシス……ジーニャスの父親か……。それと俺に何の関係が――」

「行方不明になった場所はアルケイン王国に呼び出されたあと、その帰り道だと言われているが本当は――たぶん王――お前の父親と謁見したタイミング辺りだ」

「なっ!?」

「秘匿されたアルケイン王国の海神が与えし禁忌スキル【リサイクル】……。立地以上の無限とも言える資源を生み出すアルケイン王国。そしてお前が追放された真の理由――」


 ノアクルの心臓の動悸が速まっていく。

 今まで感じていた違和感が、まだ正解の見えない線で繋がる。


「も~、ディロスリヴたちは喋りすぎだよ~。お姉さんのお仕事が増えちゃう~」


 そんな暢気な声が空から聞こえると共に、立っていられないほどの強風が吹き荒れた。

 一瞬にして何者かがトレジャンを〝足〟で掴み、空へと飛んだ。


「……ムル!?」


 それはいつもの緩い笑顔を浮かべた、眠そうなムルだった。


「ノアクル~、今まで楽しかったけどお別れ~。新しいベッドで寝られなかったのは残念だけど、あの人との約束だから~」


 じゃあね~、とムルは突風のように飛び去ってしまった。

 トレジャンを連れて。


「ムル、待て……ムル!! どういうことだ!!」


 ノアクルは引き留めようとするも、空に飛ばれては追いつけない。

 ムルが飛んで行く先を見つめると、そこには一隻の巨大な戦艦があった。


「アレは……アルケイン王国旗艦エデン……。それを動かすということは……乗っているのは……ジウスドラかッ!!」


 ノアクルは自らの弟の名前を叫んだ。




 ***



 旗艦エデンに降り立ったムルは、死者の島をジッと眺めていたジウスドラに駆け寄った。


「ジウスドラ~。頼まれたとおりに持ってきたよ~」

「ああ、ありがとう。我が盟友にして天使のムル・シグよ」

「言われたとおり、最初からずっとノアクルと一緒にいたよ~。褒めて~」

「そうだな、よくやってくれた」

「えへへ~」


 ドサッと置かれたトレジャンは、特殊な器具で近衛騎士たちに拘束された。

 トレジャンが弱々しい声で喋る。


「アルケイン王国、現第一王子ジウスドラ・ズィーガ・アルケイン……。このオレをどうするつもりだ……?」

「まだ使い道がある、とだけ言っておこう。連れて行け」

「ハッ!」


 トレジャンは近衛騎士に連れて行かれてしまった。

 残ったジウスドラは、誰にも聞かれないように小さく呟いた。


「兄上……もう何もするな……。貴方はもうアルケイン王国に必要ないんだ」


 旗艦エデンは航路をアルケイン王国に設定し、死者の島から離れていった。

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