海上都市ノアVS死と再生の海神ディロスリヴ
「ただいま、今戻ったぞ」
「バカ!! バカ殿下!! 今度ばかりは本当に心配しましたわ!!」
ノアクルが海上都市ノアに戻って、最初に飛びついてきたのはローズだった。
普段の強がりもなく、涙をボロボロと流している。
さすがにノアクルもからかうことができず、罪悪感を覚えているような表情で頭を撫でてやった。
「悪い、心配かけた」
「いっつも置いていかれる身にもなってください!!」
「痛い、叩くな……悪かったって……」
「バカ、もう本当にバカ……」
結構な身長差で首に手をやる感じでローズが抱きついてきたので、ノアクルはしゃがみながらそっと地面に下ろしてやった。
ローズは離れたものの、まだグシグシと泣きながら涙や鼻水を拭っている。
周囲にはスパルタクス、ダイギンジョー、ジーニャス、その他みんなもいるので見られて恥ずかしくもある。
そんな中、スパルタクスが全員気になっている質問をしてきた。
「トレジャン……倒した?」
「ああ、俺の新必殺技で木っ端微塵だ」
「こ、木っ端微塵……」
ジーニャスが若干引いている。
そういえば両親の仲間だった存在だし、小さいときは普通に関係も良好だったようなので刺激が強すぎたのだろう。
「あー……。あとで墓でも建ててやろう。アイツは強かった。それだけで尊敬に値するからな」
「あっ、あ、あの……トレジャン――」
ジーニャスが何やら驚いているようだ。
ノアクルは、その敵をも弔う英雄的判断に驚かれているのか、それとも墓を作る手間のことだろうかと思った。
「なぁに、気にするな。墓くらい俺がすぐにリサイクルで作って――」
「じゃなくて、ノアクルの旦那。後ろ……後ろに……」
「ん?」
海上都市ノアの甲板に立つノアクルは、ダイギンジョーに指差された方向――死者の島を振り返った。
「んなっ!?」
目を疑った。
山のような存在があった。
それも動いている。
色は黒、敗れた布のような魔力が周囲へと揺れている。
ノアクルはその存在を知っていた。
「トレジャンか!?」
「デカすぎるにゃ!?」
「どういうことでぃ!?」
「えーっと……殿下たちはあんなのと戦っていたのですか?」
ローズが疑問を口にしてくるが、現場にいなかったのだからしょうがない。
「違う、僕たちは人間サイズのトレジャン……ディロスリヴの力をまとっても少し大きくなる程度の相手と戦ってた」
「……じゃあ、どうしてあんなに大きいんですの……?」
「ぼ、僕たちもわからない……」
黙りこくってしまうスパルタクス。
ノアクルには多少覚えがあった。
それは死の淵で喋り描けてきたディロスリヴの話だ。
「ディロスリヴ……あいつは言った。七柱の海神から授かった禁忌スキルを持つ者は、世界を滅ぼす者だとな……。俺もトレジャンも、力をフルで使っているときに意識を失うと、短時間身体を乗っ取られているような感覚になった」
ノアクルが完全にトドメを刺したかのように思っていたが、また復活してきた。
きっと、それはたぶん――
「破片のような存在からでも復活してしまって、意識を完全になくして暴走し続けて……あのような姿になったんだろうな」
「こ、こちらに向かってきますよ!? 殿下!!」
「ただ生命が多いところに条件反射で向かっているのか……、それとも――」
「それとも?」
「俺のことがよっぽど好きなんだろうな」
「冗談を言っている場合ではないですわー!!」
ローズにポカポカと殴られ、平気なフリをしているが割と重症なので痛い。
ノアクルはニヤリと笑いながら、ダイギンジョーに問い掛ける。
「念のために頼んでおいたアレ、準備できてるか?」
「へ、へい……。まさかこんなことに使うことになるとは思いやせんでしたが……」
「俺もそう思っていた。だが……今がそのときだ!」
ダイギンジョーは急いで連絡をしに行った。
周囲は何となく察していたが、しばらく船にいなかったジーニャスだけが首を傾げる。
「いったい何をするんですにゃ……?」
「神を殺す砲を使う」
「にゃにゃ!?」
そうこうしている内にトレジャンだったモノは、巨大な姿で迫ってきていた。
移動の地響きが海を波立たせている。
存在の差が大きすぎる。
『グォォオオオオオオオオオオオッ!!』
大気を振るわせ、腹の底から響くような重低音が鳴り響く。
人間の雄叫びとは比べ物にならず、瞳からも意思を感じられない。
「もうアレはトレジャンではないな……。死と再生の神ディロスリヴの分け身と言っても過言ではないだろう」
「トレジャン……」
ジーニャスが悲しそうに呟く。
「ジーニャス、奴を討つ。いいな?」
「はい……です、にゃッ!」
ジーニャスは最後の『にゃッ!』で頬をパンッと叩いて気合いを入れ直した。
痛みでヒリヒリとするくらいだが、今の自分には丁度良いと思えてしまっているようだ。
「……あ、でもどうやって……。ノアクル様の必殺技でも倒しきれない相手で、しかも巨大化してますにゃ……。アレを再生させないように欠片も残さずに倒すことなんて――」
「実はジーニャスがいない間に大型の魔導エンジンを二基手に入れてな」
「大型の魔導エンジン!?」
「その名もゴッドスレイヤー……」
「格好良い名前ですにゃ!」
男性には好評で、女性には不評な名前だったので、ジーニャスが良い反応をするのは意外だった。
「実はもう俺は全力を使い果たして、目もかすんでいて、今にも気絶しそうな状態だ。トリガーを任せられるか? 船長ジーニャス」
ジーニャスは察した。
自らの因縁に、その手で終止符を打てとノアクルが言っているのだろうと。
ここでやらねば女が廃ると意志を固めた。
「はいですにゃ!」
「じゃあ、俺は最後の力で再生の力を抑止するために神気を
ノアクルが伝えた新たな魔大砲の名前、ジーニャスはそれも気に入ったようだ。
艦首に移動したジーニャスは、そこからの光景に圧倒されそうになった。
山のようなサイズの物体が迫ってくるというのは、まさしく神を相手にしているという実感をもたらす。
「正直ビビってしまうにゃ……。でも、こんな状況でもお父さんとお母さんなら……」
ジーニャスは呼吸を整えた。
艦首には様々な報告があがってくる。
ゴッドスレイヤー二基は大渦を乗り越えた無茶をしたが、応急処置が終わってなんとか動く。
魔大砲を発射するための魔力も、以前より住人の人数が増えたためにかなりの充填量に加え、ノアクルとジーニャスによる神気も混ざって緑色のエネルギーとなっているらしい。
このゴッドスレイヤーによる魔大砲発射は、ピュグによる理論だけは最初から出来ていたらしい。
回収したパルプタの魔大砲もリサイクルで取り込んで増設したが、試射をする時間もなく、今回がぶっつけ本番だ。
成功すれば間違いなく最強の一撃となる。
『船長さん様! 調整終わりましたですます!』
『発射可能までのカウントダウンをするぞい』
機関室からピュグとヴァンダイクの通信が聞こえてきた。
ジーニャスは魔大砲のトリガーに指をかけ、照準を合わせる。
『5……4……3……』
「トレジャンのおじちゃん……ごめんなさいにゃ……」
脳裏にトレジャンとの幼い頃の記憶が蘇っていく。
母の幼なじみ、父の親友、強くて冷静で頼りになる副長。
ジーニャスには特に優しくしてくれていた。
『2……1……』
そんな彼を討って良いのか?
刹那の時間で逡巡してしまう。
だが、若かりし頃のトレジャンならこう言うだろう。
航路を決めるときは存分に迷え、しかし大砲の狙いを付けるときは迷うな――と。
照準の先にいる怪物が笑った気がした。
「船長として貴方を越えてゆくにゃ!!」
『0ッ!!』
「
トリガーを引く。
広がる翡翠色の閃光。
遅れて轟音。
発射した本人でさえ目を丸くして、その光景に驚いてしまう。
「にゃ……」
超巨大なエネルギーの奔流が発射され、トレジャンだったものを完全消滅させた……どころではなく、死者の島を大きく抉って地形すら変えてしまったのだ。
島向こうの海まで割れてしまい、水量が戻る反動で海が荒れる。
「ヤバすぎるにゃ……」
この光景を見た誰もがそう思っていたという。
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