世界を滅ぼす者

 ノアクルは虚ろげな瞳でボーッとしていた。

 そこは漆黒が広がる世界だが、不思議と周囲は見えている。

 熟睡したあとの寝起き直後のような心地よさだ。


 自分が今座っているのは、ゴミでできた玉座だ。

 うまく元の造形が組み合わさっていて、とてもセンスがあると思ってしまう。

 空を見上げると何かが映っていた。

 無限に再生する黒いバケモノと、無限に造り変える翡翠色のバケモノ。


「ああ、見えるのは外か……」


 そう理解した。

 現状も何となくわかっている。

 先ほどまで戦っていたのに、こんな漆黒の世界にいるというのはそういうことだろう。


「死んで外野席から観戦しているというところか?」

「それは否だ」


 しわがれた低い声が聞こえた。

 いつの間にか横に男が立っていたのだ。

 驚くことに身長が四メートルほどもあり、高級な紳士服を着ている。

 長い黒髪黒髭、赤い眼をしていて、身長の割にスリムすぎる。

 影だけのような存在でもあり、現実感がなく、悪夢に出てくる虚構に思える。


「あんたは誰だ?」

「我はディロスリヴ、お前たちが神と呼ぶ存在」

「そのお偉い神様が、俺に何か用か?」

「ノアクル・ズィーガ・アルケインよ。世界を滅ぼす者よ。生と死の狭間にいる、この瞬間だからこそ繋がれた」

「生と死の狭間にいるということは……まだ俺はギリギリ生きてるってことか。その世界を滅ぼす者という呼び方は物騒だけどな」

「我ら七柱の海神の力――即ちヒトにとっての禁忌スキル」

「禁忌スキル……俺のスキル【リサイクル】もそう呼ばれていたな……。このスキルもお前が?」

「否、それはアルケインの海神によるモノだ」

「アルケイン王国に海神は存在しないぞ……?」


 ディロスリヴは黙ってしまう。

 高位の神々は人間と違い、その世界のルールそのものであり意思疎通が難しいと訊いたことがある。

 ならば、訊けることを訊いた方が効率的だ。


「なぜ海神ディロスリヴが俺に話しかけている?」

「忠告だ、貴様の力はすべてを滅ぼす」

「すべてを滅ぼすだと……? はっ、何を馬鹿な。ゴミをリサイクルするだけのスキルがそんな――」


 ノアクルはそこで気が付いた。

 空に映っていた無限に再生する黒いバケモノと、無限に造り変える翡翠色のバケモノ。

 黒は暴走したトレジャンで、もう片方の翡翠色のバケモノは――ノアクル自身だった。

 翡翠色の輝きを纏い、周囲の地形を大きく変えながらトレジャンを無限に殺し続けている。

 いつもゴミにだけしているスキル【リサイクル】を、トレジャンの周辺すべてに使っているのだ。

 トレジャンの身体が変化して、水風船のように爆発して血飛沫をあげたりしていて、眼を逸らしたくなるような陰惨さだった。


「どういうことだ……? スキル【リサイクル】はゴミにしか使えないはずだ……」

「それは貴様が無意識にかけていた対象制限。これが本来の力だ、制限を解けば傲慢なるアルケインの海神に身体を贄と堕とされるであろう」

「これが本来の力……か。最悪の気分だな」

「森羅万象を改変する、アルケインの海神の力。世界を滅ぼす者としての運命を歩みたくないのなら、力を御すことだ」

「力を御する……といってもな。もう俺は傍観者のようなもので何もできないだろう」


 今のノアクルにできるのは、ゴミの玉座に座って外の戦いを眺めるだけだ。

 この夢の中のような世界からでは、暴走する自分の身体をコントロールできたりはしない。


「世界を選択する運命を与えよう」

「随分と大きなものを俺に選ばせてくれるんだな」

「このまま〝死〟を選べば世界は滅ぶだろう、〝再生〟を選べば……未来は確定しない」

「それじゃあ、俺はそんな器の人間ではないから死を選ぶ。――と以前なら言っていただろうな。しかし、俺を信じてついてきた奴らのために世界を『面倒くさい』で滅ぼすわけにもいかんからな。俺は〝再生〟を選ぶぞ」

「運命は選択された。汝、その強き意志を、心を捧げよ。機会は一度、手順をたがえれば契約は白紙となる」

「手順……? ミスったらダメということか」


 死と再生の海神ディロスリヴは、ノアクルに何かの手順を求めているらしい。

 神々が出す謎かけのようなものだろうか。

 人間からしたら、そういうものは遠回しすぎて伝わらないと文句を言いたくなってしまう。

 イマジナリーなローズが『もっと座学をしていればよかったのですわ!』と言ってきてしまい苦笑してしまう。

 同時にそこで思い出した。

 ローズが教えてくれた座学にディロスリヴ関連で似たものがあったということを。


「ローズ、感謝するぞ」


 ノアクルはゴミの玉座をスキル【リサイクル】でナイフにして、ディーロランド式敬礼――左胸心臓の位置に手を刃として見立てたポーズを取る。

 それは長き歴史によって本来の意味が忘れ去られてしまったが、元は海神ディロスリヴと契約をするための儀式動作であったのだ。

 神に捧げる神楽舞があるように、海神ディロスリヴに自らの強き意志を捧げる敬礼。


「ゴフッ……夢だと思ってたけど痛いな、これは……」


 ただ今回ノアクルがしたのは手を刃として見立てたのではなく、本当にナイフで自分の心臓を突き刺したのだ。

 致命傷となり血が止まらない。

 数瞬後に死が訪れるだろう。


「ノアクル・ズィーガ・アルケイン、貴様を認め力を与える。さぁ……再生の時だ……」


 すべてが暗闇に溶けていった。




――――――――

12月からのカクヨムコンに出してみようかなぁ。

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