ノアクルVSトレジャン

 崩れ落ちる巨大古代兵器。

 トレジャンが放った烽宝砲ドラコカノンの威力は圧倒的だった。


(もう一度スキル【リサイクル】で修復してみるか? いや、次は操っているジーニャス自身がアレに狙われるかもしれない……。それに――)


 しばらく前線で見かけなかったトレジャンの姿は豹変していた。

 黒い何かが衣服の隙間から噴き出し続けている。

 まるで黒いぼろ布に巻かれているようにも見えるくらいだ。

 眼帯も外れ、その赤き瞳は鬼火を宿している。


「うおお! 僕、以前の借りを返す!」

「トレジャンの旦那……! もうこんなことは止すんだ!」


 スパルタクスの拳と、ダイギンジョーの戦闘用包丁が振るわれた。

 しかし、トレジャンに弾かれてしまう。

 指一本すら使わずに。


(普通の攻撃では倒せそうにないな……)


 ノアクルの考えは正しかった。

 今まではジーニャスの神気と、トレジャンの神気が中和されていただけだ。

 トレジャンの神気が強まれば、再びダメージが通らなくなるだろう。

 八百万やおよろずの神の猫神と、世界を支える七柱の海神とでは格が違うのだ。

 トレジャンは、ギロリとジーニャスの方を睨み付けた。

 それだけで普通の人間なら気絶してしまうような威圧感だろう。


「女は戦いに顔を突っ込むな、去れ……」

「にゃ!? 女だからって……お母さんだって戦いに出て――」

「黙れッ! ……弱い奴に言い返す資格はねぇ」


 珍しくトレジャンという男の感情を見た気がする。

 だが、その通りでもある。

 力が支配する戦場では、力の弱い者が意志を通す権利はない。

 それにノアクルにとっては好都合でもある。


「まぁ、たしかにそうだな。ジーニャス、スパルタクス、ダイギンジョー。お前たちは海上都市ノアに戻って準備・・をしておいてくれ」

「あ、あっしらもですかい!?」

「ああ……ここからは俺だけで良い」

「……わかった。ボクはノアクルの言うとおりにする」


 不服そうだが、ダイギンジョーとスパルタクスは受け入れてくれたようだ。

 ジーニャスはというと――


「いやですにゃ! お父さんとお母さんが来たこの島で、トレジャンに背を向けるなんて……!!」

「フランシスや、ジニコがいても俺と同じことを言うだろう」

「そ、それは……」

「俺を信じろ、必ずトレジャンをぶちのめしてやる」


 ジーニャスは黙ってしまったが、ダイギンジョーとスパルタクスに連れられていってしまった。

 たぶん、あの天才は理解していたのだろう。


(ふむ、俺が勝てる確率が限りなく低いとバレていたか?)


 現状、ノアクルがトレジャンに勝てる勝算は万が一もないと言っていいだろう。

 それでもなぜかトレジャンはジーニャスをここから離そうとしているし、ノアクルも仲間を助けられるので利害が一致したというところだろうか。


(ま、これから俺は死にそうだけどな)


 死者の島で死んだ母親と出会い、死への忌避感が薄れたのかもしれない。

 今では薄氷一枚隔てた場所なのだと理解してしまうほどだ。


「どうだ、小僧。テメェもわかっているんだろう……? このオレに勝てないということを。今ならまだトレジャン海賊団に下れば不問にしてやる、優秀な奴は欲しいからな」


 トレジャンから突き付けられた、唯一にも均しい生き残る方法。

 ノアクルはそれに――


「嫌だね」


 ノーを突き付けた。


「ほう? このオレに勝てるとでも言うのか?」

「勝てる勝てないではない。俺は自分を世間からの疎まれ者だとか、ゴミだとか自覚しているけどな……。それでも仲間に顔向けできないことはしない」

「なるほどな、それでこそジーニャスが見込んだ男だ」


 一応は褒められたらしいが、それでもトレジャンは見逃してくれるような奴ではない。

 だから、最後にずっと気になっていた疑問を聞いてみることにした。


「トレジャン、お前はその力を手に入れて何をするつもりなんだ?」


 自信満々に、『この海域を支配するため』とか、『気に食わない奴を皆殺しにするため』と答えるのが普通なのだが、それは違った。


「……さぁな」


 あのトレジャンが歯切れ悪く、はぐらかしたのだ。

 ノアクルとしては、ずっと違和感があった。

 色々とここまで来るのに回りくどいのだ。


 ディロスリヴの羅針盤が奪われたため、ノアクルの進路から計測して死者の島へ行くためだと思うこともあった。

 しかし、それだったら直接ノアクルたちを襲ってディロスリヴの羅針盤を強奪するという手っ取り早い選択肢もあったはずだ。

 海上の戦いなら海賊の方に分があるだろう。

 何かノアクルたちを、死者の島へと向かわせようという意思すら感じられた。


 その不自然さの答えがわからない。


「ははは、トレジャン! よっぽど話しにくいことらしいな! 女々しい奴め!」

「……うるせぇ、死ね」


 王子と船長という集団をまとめる立場であっても、結局は男二人が戦うとなればこんな子供じみた言葉で開始されてしまう。


「それじゃあ、こちらから行かせてもらうぞ!」


 ノアクルは速攻でトレジャンとの距離を詰めた。

 近接戦へと持ち込むためだ。


「はっ、なるほどな。オレの烽宝砲ドラコカノンが怖いから近付いて撃たせない気か」

「どうとでも言え」


 ノアクルは近付きつつ、周囲のゴミをスキル【リサイクル】で操る。

 幸いなことに、先ほどまでの集団戦で岩が砕け、曲刀なども地面に落ちて〝ゴミ〟となっている。


「使い放題だな!」


 トレジャンの義手による殴り攻撃を回避。

 その隙に曲刀をリサイクルして槍にした物で突き刺し、岩石を柱にリサイクルした物で押し潰す。

 衝突事故でも起こしたかのような轟音が響き、砂煙が巻き起こる。

 ノアクルはまだ手を止めない。

 その場に落ちているありとあらゆる物をリサイクルして、ひたすら武器として叩き付けていく。

 まさしく雨あられという状態だ。


「やったか……?」


 ノアクルは、トレジャンがいた場所から距離を離してしまう・・・・・・・・・

 だが、砂煙の中でトレジャンは無傷だった。

 通常攻撃ではダメージを与えられない。


「ククク……せっかくの距離を無題にするとはなぁ……」

「しまっ」

「油断したな。沈め、烽宝砲ドラコカノン!」


 距離が離れたために、トレジャンの必殺攻撃である烽宝砲ドラコカノンが放たれてしまう。

 キッチリと照準が合わさっていれば発射速度的に避けられないだろう。

 ――照準が合わさっていれば。


「なんてな」

「なにっ!? 小僧、テメェ!?」


 トレジャンの義手にはスキル【リサイクル】で様々な物が纏わり付いていた。

 それが万力のように狙いをずらす。

 強引にねじ曲げられた烽宝砲ドラコカノンの照準はトレジャン自身だ。

 最初からノアクルの狙いはこれだったのだ。


 近接戦に持ち込んで烽宝砲ドラコカノンを恐れていると思わせたのも、メチャクチャにスキル【リサイクル】でトレジャンにゴミを集めたのも、油断して距離を離したように見せかけたのも――


「狙い通りだ。自分自身の攻撃なら、お前もダメージを食らうだろう」


 烽宝砲ドラコカノンはトレジャンの頭部へと発射されていた。

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