獣人闘士の追憶
――その頃、闇の中で孤立したスパルタクスも過去の光景を見ていた。
「こ、こんなことありえない……僕は……いったい何を見ている……」
獣人たちが平和に暮らす小さな集落。
それは強さを求める獣人たちが集まり、人間から隠れて慎ましやかに生活をしている場所だ。
スパルタクスはそこで一番強く、若くしてリーダー的な存在だった。
とても牧歌的な光景だが、これから起こることを思い出すと震えが止まらない。
「に、逃げるんだ! みんな! 早く!!」
スパルタクスの声は過去の幻へは届かない。
村に一つしか無い井戸から汲んだ飲み水を飲む子どもを見て、スパルタクスは必死に止めようとする。
「止めるんだ!! その水は……その水は……毒が入っている!!」
既に遅かった。
もう井戸に毒を入れられたのは昨日のことで、そろそろ獣人たちに効果が現れ始めたのだ。
まずは小さな子どもたちから倒れ、それから身体の大きな獣人たちも動けなくなっていく。
それを望遠鏡で観察していた人間たち――通称〝獣人狩り〟が次々とやってくる。
「いやぁ~、ちょろいですねぇ~。獣人というのは本当に馬鹿で助かりますよ」
「隊長が困ったフリをして村に潜入して、そこで井戸に毒を入れるだけで任務達成ですね」
「よーし、それじゃあ大事な商品だ。馬車に積み込んでいくぞ」
「止めろォーッ!!」
スパルタクスは獣人狩りに殴りかかっていくが、どうしてもすり抜けてしまう。
「隊長、身体の小さい獣人のガキ共が毒に耐えられなくて死にかけてます。どうしますか?」
「うーん、強い獣人用に調合したからねぇ。まっ、弱い獣人は価値が落ちるし放置でいいよ」
「了解です」
痙攣し、泡を吹いている獣人の子供たち。
スパルタクスが必死に助けようとするも、過去であるためにどうしようもできない。
火を付けられる家、燃え移りすべてを灰にしていく。
この地獄のような状況、己の無力さに絶望するしかない。
そこでふと、まだ無事な子供たちがいることに気が付いた。
記憶では、死んでいるはずだ。
「私たちの英雄スパルタクス、そんなに悲しまないで」
「これはもう起こってしまったこと」
「あなたは悪くない」
スパルタクスに語りかけてくる子供たちは、まごうことなき死者だった。
「ぼ、僕は……助けられなかった……。ただ、毒で動けなくて、みんなが連れ去られるのを……君たちが死にゆくのを見てることしかできなかった……」
「でも、スパルタクスは頑張って獣人のみんなのリーダーを今でもしてくれてる」
「それも……一度は心が折れて、ノアクルが助けてくれたから……」
「立ち上がるスパルタクスはみんなの憧れだったよ。これからも、ずっとみんなの憧れ」
「お、お前たち……」
「さぁ、また立ち上がって、私たちの英雄スパルタクス。後ろから海賊が狙ってるよ」
戦火に焼かれる集落で気が付かなかったが、確かに背後から微かな気配を感じた。
スパルタクスはとっさに横っ飛びで回避した。
凄まじい爆発。
その場にいれば死んでいただろう。
「あら、この状況で気を取られていると思ってたのに。野生の勘ってすごいわねぇ」
「お前は……トレジャン海賊団のジュエリン……!!」
いつの間にか、スパルタクスが迷い込んだ闇の中にジュエリンも紛れていた。
うまく気配を消していたのと、スパルタクスが正気を失いつつあった状況だったので死者からの知らせがなかったら一巻の終わりだっただろう。
「……ありがとう。子供たちよ」
「ん? 何か言ったかしら?」
「いいや、卑怯なお前には関係ない話だ」
「あらぁん、卑怯だなんて褒め言葉をありがとう。敵が油断してるところを叩くのはチャンスよねぇ」
「戦士の風上にも置けないやつだ……」
「戦士ぃ? だって、アタイは海賊だものぉ!」
ジュエリンは五指に宝石を挟み、それを一斉に投げ放ってきた。
スパルタクスは爆煙に包まれる。
「ほらほらほら! 弱い弱い!! トレジャン様に手も足も出なかったアンタは、この美しい宝石で醜く死になさいな!」
次々と投げられる宝石が爆発して、周囲は爆煙で見えない状態になっていた。
スパルタクスは原形を留めていない――はずだった。
「たしかに僕はトレジャンに負けた」
「……は? ま、まだ口をきけるの……!?」
「でも、それは以前の僕。スパルタクスは――あの子たちの英雄スパルタクスは何度でも立ち上がる!!」
爆煙が晴れると、そこには無傷のスパルタクスが仁王立ちしていた。
「な、なんでダメージを受けてないのよぉ!? 手応えはあったはず!?」
「腕が折れてる間も気功、一人で出来るように修業してた」
「気功!? まさかそんなものでアタイの宝石が……スパルタクスちゃんに防げるはずが――」
「いっぱい、修業した! だから防げる!」
スパルタクスは突進した。
ただ単純に、前へ前へ。
ジュエリンは必死に宝石を放つも、スパルタクスを止めることはできない。
猛スピードで突っ込んでくる大質量の獣人闘士は、それだけで最強無敵なのだ。
「そんな脳筋な!?」
「うおおおおォォ!! 〝真・気功獣身撃〟ッ!!」
「ぎゃんッ!?」
スパルタクスの全体重が乗りきった強烈すぎる拳。
食らったジュエリンは物凄い速度で吹き飛ばされた。
輝きに吸い込まれ、まるで天幕の外へと放り出されたかのように消えてしまった。
「よし、出口発見」
スパルタクスは後ろを一回だけ振り向き、手を振った。
「バイバイ、みんな。僕は……行くよ」
彼らの英雄として、歩き続けるだろう。
これからも、ずっと。
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