上陸準備

 死者の島は、幸いにも船を停泊させて上陸できる場所はすぐに見つかった。

 詳細な情報は偵察に出したムルが戻ってきてからだが、まず目に付くのは岩だ。

 厳しい風雨にさらされた岩壁が折り重なっていて、底の見えない地割れも所々にある。


「かなり厳しい環境のようだな」


 フィヨルドという地形に近いかもしれないが、雪や川などがなくどこか荒涼とした雰囲気を感じる。

 生物の姿は見えなく、濃緑こみどりの苔だけが住人といえるのかもしれない。


「ふむ、死と再生の海神ディロスリヴ……。奴のフィールドは、この岩壁が死で、苔が再生を表しているとでもいうのか? 随分と陰気くさい神様だな」

「あ、あの……殿下。相手は偉大なる海神の一柱ですわ。もし聞かれでもしたら……」


 神を身近に感じてしまったが故なのかローズは雰囲気に呑まれているようだ。

 ノアクルはそれを笑い飛ばす。


「ふんっ、相手が神でも関係ない。陰気な奴は陰気だし、陽気な奴は陽気なだけだ。それに対しておべっかを使う方が失礼だろう?」

「ま、マイペースすぎますわ……」


 そうしながら上陸準備をしていると、偵察に出ていたムルが戻ってきた。

 バサリと白い翼をはためかせながら降り立つ。


「ただいま~。お姉さんがお仕事から戻ってきたよ~」

「うむ、ご苦労。それでどうだった?」

「上空から見た感じ島には何もないけど、先に来ていたトレジャン海賊団の船と、その上陸部隊を見つけたよ~。迷わず一直線に進んでいて、ディロスリヴの羅針盤が示す方向と一致してる感じ~」

「なるほどな。そこに何かあるということか」


 ノアクルは、以前からディロスリヴの羅針盤が指す方向が少しおかしいと気付いていた。

 島に近付いて確信を得たのだが、どうやら中央を指しているわけでもないのだ。

 これを作った超常的な存在が雑なだけという可能性もあったが、可能性を考えれば島にある何かを指し示しているとも思えたのだ。

 今なら確信できるが、それこそトレジャンが探し求めていそうな〝お宝〟に間違いないだろう。


「宝には興味がないが、ただトレジャンに奪われるのも癪だな。トレジャンをぶん殴りに行くついでにお宝とやらを拝みに行くか」

「……殿下、こんなに苦労したのですから利益になりそうなものはお持ち帰りくださいね」


 ローズが座った目で言ってきた。

 要約すると『ここまで色々と全員を巻き込んだのだから、ちゃんと成果を出せ』ということだろう。

 金が大好き――もとい国家運営のことをしっかりと考えているローズからの圧が凄い。


「わ、わかった。それは善処しておこう」

「ノアクル~、言われた通りに空飛んで偵察して疲れた~。約束通りドワーフ技術の最新式スプリングベッドも忘れないでね~」

「そ、それも……善処する」


 ムルを働かせるために報酬としてとっさに提案していたものだ。

 何も知らないピュグは怪訝そうな表情を向けてきたが、ノアクルは視線を逸らした。


「よし! 話を先に進めよう! 時間が勿体ない!」

「あ、誤魔化しましたわ」

「上陸するメンバーを決めよう!! そうしよう!!」




 いつも島に上陸するメンバーを決めるときは苦労する。

 考慮すべき点が意外と多いのだ。

 普通は『全員で行けばよくね?』と考えてしまいがちだが、船の守りというものも必要だ。

 それに島の特性に合わせたメンバー選びや、毎回同じメンバーだと残る者に不満が出る可能性もある。

 そういうことを考慮して、最後の決定権はノアクルにあったり、ローズにあったりする。


「今回はどんなことが起きるからわからないから、戦える者で少数精鋭コースだな。まずは俺だ」

「はぁ……本当は殿下を毎回行かせるのはどうかと思いますが、戦力として大きいので泣く泣く……」

「ふはは! 王子が前線に出るなど昔はよくあっただろう!」

「実はアレって結構安全な位置に待機させていたりと周囲は大変なのですわ……」


 周囲の苦労も考えろと遠回しに言われている感じもするが、きっと気のせいだろう。

 ノアクルは話を進める。


「スパルタクス、怪我は治ったな?」


 今か今かと待ちわびていたらしいスパルタクスが前に出て、骨折の際に固めたギプスを筋肉の動きだけでバゴッと砕いた。


「もう平気。僕はアイツらにやり返す」

「頼りにしているぞ」


 スパルタクスは無言で頷いた。

 その目には獣人闘士としてのプライドが――負けっぱなしでは終われないという強い意志が渦巻いていた。


「次はダイギンジョー、いけるか?」

「へい、三途の川でもお供しまさぁ」


 これまでダイギンジョーが戦っているイメージはなかったが、それは武器がなかったからだ。

 ドワーフたちに頼んで、現役だった頃に使っていたという戦闘用包丁を打ってもらった。

 ダイギンジョーの背丈ほどある大きな包丁を背負い、材料を前にした料理人特有のギラギラと光るような目をしていた。


「最後に……ムル。一緒に戦ってくれるか?」

「う~~~~~ん……? ちょっと眠いけど、新しいベッドのためにがんばってみる~」


 正直なところ、ムルに関してはローズが良い顔をしなかった。

 パルプタの戦いで住人から、ムルの異様な戦いが報告されていたからだ。

 ローズとしてはその危険性を訴えてきたが、ムルがその気ならいつでもノアクルの寝首を掻くこともできただろう。

 それくらい初期からいる仲間なのだ。

 ムルが何者であろうとも、今現在ノアクルに害を及ぼす存在ではないはずだ。


「あとは助言役としてのアスピだな」

「お主のことだから、ワシを投げて囮にしそうじゃな……」


 ぶつくさ言うアスピを掴んで、ノアクルは肩に乗せた。

 何だかんだで不測の事態では役に立つことが多い。


「今回はこのメンバーで行く」


 他に戦えそうなメンバーもいるが、トラキアは毒が効かないお化けが出てきたら嫌ということで、レティアリウスに関してもお化けが怖いという理由で船に残る。

 それ以外の獣人闘士たちや、海賊たちは何があるかわからない島では足手まといになる可能性がある。

 彼らの有効な配置は船の守りだ。


「それじゃあ、ローズ。留守は頼んだ」

「殿下……」


 ローズは口ごもってしまった。

 普段なら『死者の島で死者にならないでくださいませ』など、皮肉った冗談を言えもするが、今回はあのトレジャンが相手で、場所は死と再生を司る海神ディロスリヴのテリトリーなのだ。

 どんな危険が待ち受けているかわからない。

 そんな幼い少女の気持ちを察してか、ノアクルはしゃがんで視線を合わせて笑いかけた。


「ローズが船にいてくれるから、俺は帰ってこれるんだ」

「はい……」

「だから、そんな不安そうな表情をするな。俺を信じて、笑って送り出せ」

「はい!」


 ノアクルたちは、ついに死者の島へと上陸を開始した。

 もう帰ってこない者もいると知らずに。

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