黄泉と海との境界線

 死後の世界は本当にあるのか?

 死から逃れられない運命の人間たちが、一度は考えたことがあるテーマだろう。

 人によっては『馬鹿馬鹿しい。そんなものあるはずないじゃないか』と言い張るだろう。


 しかし、それは死と再生の海神ディロスリヴを知らないからだ。

 の男神は実在している。

 ということは、ディロスリヴが関連する死後の世界もあると考えるのが当然だろう。


 なぜディロスリヴをそこまで崇め奉るのか。

 それはこの世界における海神というのはとても重要な立ち位置になっているというのもあるが、ディロスリヴがいるという死者の島も一役買っているのだ。

 神出鬼没の禍々しき孤島、誰も立ち入れず、死者が蘇り、生者へと言葉を贈るという。

 それはただの神話だった。

 しかし、伝説の海賊フランシスがこれを発見して、上陸したことによって真実だと世に知らしめたのだ。


 つまり――


「死後の世界は本当にあるかもしれないな、あの島に」


 ノアクルは遠くに見えてきた死者の島を眺めながらそう言った。

 生きる者を拒む形をしている。

 それは断崖絶壁などではなく、海に穴でも空いたかと思うほどの不気味な黒い大渦に囲まれているからだ。

 話によると、過去調査に向かった船はこれに飲み込まれて二度と帰ってこなかったらしい。


「船が壊れたあとのゴミさえないとは……何とも味気ないな」

「殿下の場合は、ただゴミを拾いたいだけでは?」

「ふっ、情緒ある海の景色を見たいだけだ」

「それを情緒と感じるのは殿下だけですわ……」


 そんなノアクルとローズのやり取りを見ながら、ピュグが焦ってツッコミを入れる。


「そんなノンビリしていて良いんですます!?」


 それもそのはず、黒い大渦に向かって海上都市ノアが直進しているのだ。

 そんな状況で普段通りにできる人間は大馬鹿か大物のどちらかだろう。


「では、ドワーフたちが改造したこのイカダが負けるというのか?」

「い、いえ……それは大丈夫だと……。大型の魔導エンジンを全開で使うタイミングを見極めれば問題はないはずですます……」

「それなら俺は、ドワーフを――ピュグを信じるだけだ。何を慌てる必要があるというのだ?」

「こ、光栄ですます!」


 ピュグは自分が信頼されていると感じて身が引き締まる思いで敬礼をした。


「ハハハ、別にここは海軍でもないから敬礼なんて必要ないぞ。郷に入れば郷に従えということで、ディーロランド式の敬礼にでもしておけ」

「死と再生の海神ディロスリヴに心臓を捧げる敬礼だなんて、この状況では縁起でも無いですます~!」


 徐々に迫ってくる最大の障害――ディロスリヴが人類を阻む大渦が迫ってくる。

 そこでふと思った。

 最初に島に上陸したフランシスはどうやってこれを突破したのか?

 彼の船であるゴールデン・リンクスは、破損した後年の姿しか見ていなかったがそこまで頑丈に作られていたようには思えなかったし、大型の魔導エンジンが取り付けられるような構造にもなっていなかった。

 そんな船で強引に突っ込んだら確実に海の藻屑コースだろう。


(いや、フランシスは猫神の血が混じっているんだったな。何か不思議な力で突破したのだろう。……ということはジーニャスも予想外に強くなって戻ってくるかもしれないな)


 この場にはいないが、たしかに仲間であるジーニャスに思いを馳せながら、ノアクルは笑みを浮かべた。


「大渦に突入しますわ! 総員、衝撃に備えて!」


 ローズの声が船内にアナウンスされた。

 大地の加護があっても強すぎる揺れは抑えきれない。

 そのため事前に住民たちは安定な物を固定して、大渦の耐衝撃訓練も行っていた。

 ドンッと鈍いが響き渡る。

 それは横から巨大な存在に殴られたような感覚であり、船乗りなら海神に祈って怒りを収めてもらおうとしてしまうだろう。

 しかし、ノアクルたちは違う。

 海神に挑む者だ。


「よし、大型の魔導エンジン――改め大魔導エンジン〝ゴッドスレイヤー〟起動だ!」


 いつまでも大型の魔導エンジンと呼ぶのも味気ないので、事前に名前を付けておいたのだ。

 今のノアクルたちにはピッタリの名前だ。


「了解ですます! 機関室、ヴァンダイクお爺ちゃんたち!」

『応ともよ! 随分と大仰な名前をつけてくれやがったが、それに恥じない機械の力って奴を見せてやる!』

『最初は微速前進ってやつでいいのか?』

『いきなり全力でやったらゴッドスレイヤーが焼き付いちまうって!』


 機関室にいるドワーフたちも準備万端で、ようやく成果を見せられるとあって気分が高揚しているようだ。

 機関室の駆動音がこちらまで響いてきて、徐々に船の姿勢が安定し始めて来た。


「人が海神に立ち向かえるというところを見せてやろうではないか」


 技術によって、海神の大渦を難なく進むことができている。

 それは一つの偉業とも呼べるだろう。

 人、獣人、ドワーフなどが手を取り合った成果だ。

 彼らはそれを誇らしげに思った。

 しかし、海神というのはさらなる試練を与えてくる。


「前方に超巨大な渦が発生!! このままでは飲み込まれてしまいますわ!?」


 ローズの悲鳴じみた叫びが船内に木霊こだまする。

 不安がる住人たち。

 それに対してノアクルは落ち着き払って、ふむ……とピュグに視線をやった。


「いけるか?」

「はいですます! 機関室! 大魔導エンジン〝ゴッドスレイヤー〟を全速前進――フルアヘッド!!」

『はぁ!? まだロクに回してねぇってのにかよ!?』

『エンジンが焼き付いてもしらねぇぞ!!』


「死者の島に上陸できれば、そこで修理もできる。使えるゴミ共、頼んだぞ」

『こんなときくらい言葉を選べってんだ! ったく、しょうがねぇ……フルアヘッド!!』


 海上都市ノアの後部が大爆発したように見えた。

 否、本当に爆発したのではなく、ゴッドスレイヤーがフル回転して魔力の輝きを見せていただけだ。

 住人たちから少しずつ魔力を分けてもらい、それらを途方もない推力へ変換している。

 暗い海を輝きが照らし、荒波を物ともせず、すべての流れに逆らって突き進む。

 様々な感情が交じった魔力は美しく、まさに海を行く芸術のようなワンシーンに映る。

 超巨大な大渦も、ノアクルの前ではただの海路みちに過ぎない。


「ふん、を切り拓くのは慣れているんでな。このまま海神ディロスリヴの未知・・も観光しに行ってやろうではないか! ふはは!!」

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