胃が痛いローズ

「はぁぁぁぁああ!? この飲んだくれたちを船に乗せるんですか!? ありえないですわ……!!」


 そのローズのリアクションが、ノアクルの耳に痛かった。

 どうしてこうなったかというと、現在ドワーフたちが海上都市ノアに乗り込んできて宴会を始めてしまったからだ。

 普通なら歓迎の意味も込めてそれくらいはしても目をつぶってくれるローズだが、さすがに今回は規模が違った。

 たった四人のドワーフなのに、酒場にあるアルコールを飲み干す勢いなのだ。

 酒場のウェイトレスとして働いているジーニャス海賊団の面々も驚いていた。


「こ、この飲みっぷりはなかなかお目にかかれねぇ……。競えるのはジニコさんくらいか……」

「ジニコ?」

「ジニコ・ドラ――我らの元船長であるフランシスさんの妻で、ジーニャス船長の母親ですぜ!」

「ふむ、そのジーニャスのお母上を連れて来たら船に何も残らないだろうな」

「あ……ジニコさんはもう……」

「おい、酒が足りんぞー! 早く樽を追加せんか!」

「しょ、少々お待ちを~!」


 ドワーフが片手で空の酒樽をポイポイと捨てて、海賊ウェイトレスに酒を催促していた。

 酒場を征服する蛮族かの如くで、とても絵面がひどい。


「た、たしかにこの場面だけを見れば、ローズの気持ちはわからなくもない……」

「この気持ち以外に何を抱けと仰るのです!?」

「ローズ……実は奴らはとても有能でな……」

「ええ、胃に穴が空いて海へ流れでているような勢いで酒を消せる有能スキル持ちですわね! こちらも実はですが、お酒って結構お高いわけです! それになくなったらなくなったで、他の船員からも不満が出るというわけのわからないシロモノですわ!」


 もちろんだが、ローズは子どもなので酒を飲まない。

 酒を飲む者たちの気持ちもわからないが、それはそれとして海という隔離された空間での必需品だとも頭では理解しているのだ。

 酒は腐らないし、緊急時の消毒液としても使えたりと用途はそれなりにある。

 いつの時代も、船と酒は切っても切れない関係なのだ。


「ぐごぉ~、ぐごぉ~」


 酒樽から直接飲み、料理もたらふくカッ食らって寝てしまったドワーフたちを見て、さすがにノアクルもフォローできなくなってしまった。

 ローズからの視線が痛い。

 トゲのある薔薇ローズだけに。




 ――次の日。

 機械の島から様々な物資の積み込みが行われた。

 現地の珍しい鉱石や、目的だった大型の魔導エンジンなどだ。


「どうするんだこれ……。あの酔い潰れた四人がいないと何の意味もないぞ……」


 大型の魔導エンジンはスキル【リサイクル】で修復しても、調整や運用ができるか怪しいし、大量の鉱石そのままなんてそこまで使い道がない。


「おはようございます、ノアクルさん様」

「おう、ノアクル。清々しい朝だな!」


 いつの間にか、積み込みを見学していたドワーフ四人組がいた。

 ピュグとヴァンダイクはハキハキと喋り、酒が残っている様子が無い。


「お、お前たち。あれだけ飲んでもう平気なのか?」

「ドワーフを舐めちゃいけねぇよ」

「我らは酒と共に生きる種族!」


 残り二人のドワーフも絶好調らしい。

 ちなみに同じく酒好きのダイギンジョーも一緒に飲んでいたが、二日酔いでフラフラしながら千鳥足で歩いていた。鳥じゃなくて猫なのに……と思ってしまう。


「それじゃあ、ノアクルさん様。工房へ案内してくださいですます」

「工房?」

「はい、私ちゃんの家にあったみたいなものです。それと冶金やきん――鉱石をインゴット加工したりする炉や、鍛冶場のような設備も欲しいですます」

「そんなもの、イカダの上にあるわけないだろ」

「え~!? それがないと仕事になりませんですます……一体どうすれば……」


 たしかに仕事場のないドワーフなど、ただの大酒飲みだ。

 周囲にゴミのないノアクルと一緒のような存在になってしまう。

 それなら――


「なければ、作ればよいのだろう!」

「うーん、それってかなり時間がかかりますです……」

「心配するな、そのための俺だ。スキル【リサイクル】」


 ノアクルは適切なゴミを選び、それでリクエストのあった設備を作っていく。

 幸い、炉に関してはスキルで経験を積んで、新たな設計図のようなものが意識にメニューとして浮かんでいたし、工房の雰囲気もピュグの家で見てきているので同じようにすればいいだろう。


「す、すごい……。これは世界でも珍しい魔力式の溶鉱炉ですます……」

「さすがに俺は本業じゃないから、どんどんリクエストしてくれ。細かい内装や調度品などは別の奴を頼れ。正直、一般人のセンスはわからん」

「これだけあればすぐに仕事に取りかかれますです!」


 そこからは早かった。

 大量の鉱石を加工して、海上国家ノアという特殊さ故に手に入りにくかった特注パーツや、住民たちが欲しがっていた金属加工品を次々と作り出し、大型の魔導エンジンもすぐに調整して運用可能な領域までにしてしまった。

 常人の鍛冶士の数ヶ月を、ノアクルとドワーフの組み合わせによって数日でやってしまっているようなものだ。

 さすがのローズも認めざるを得なかった。


「たしかに……とても有能ですわね……」

「ふはは! 俺の目に狂いはなかったな!」

「でも、お酒の減りがダイギンジョーさんと合わせて尋常ではなくなりましたわ……」

「有能さと引き換えの必要経費というやつだな!」

「それを管理するのは私ですわよ~!?」


 苦労人ローズの受難は続く。

 しかし、その表情はどこか嬉しそうでもあった。


(まぁ、これで機械関係を一人で維持しなければならなかった殿下の負担が減れば儲けものですわね)


「ぐごぉ~、ぐごぉ~」


 また仕事終わりに宴会をして大いびきで寝ているドワーフたちを見て、多少は苦笑いになるのであった。




 ***




 夜、ピュグは海上都市ノアの中を散策していた。


「私ちゃんはお酒に弱いので、毎回毎回ヴァンダイクお爺ちゃんたちに付き合っていられないですます」


 ピュグが酒に弱いというのはドワーフ基準で、人間と飲み比べたら絶対に負けないだろう。

 そういうこともあり、酒より機械への好奇心の方が強い。

 様々な増改築が繰り返された海上都市ノアは、まさに宝の山に見えるのだ。


「今日はこっちを冒険してみるですます~」


 辿り着いたのは、あまり人が近寄らない場所にある分厚い扉だった。

 そこにはノアクルの字で『俺のゴミ置き場。勝手に入るな、勝手に捨てるな』と書いてあった。

 たしか地図では格納庫となっていたはずだ。

 ピュグは扉を片手で軽々と開けて、中を覗き込んで笑顔を見せた。


「これはこれは~……」


 それから毎日、こっそりと格納庫に忍び込むピュグの姿があったとか、なかったとか。

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