料理長ダイギンジョーは肉球を振るう(後編)

 一方、ダイギンジョーは海上都市ノアの料理問題で奔走していた。

 まずは実際に食堂でどんな料理を出しているのか、現場に足を運んでみた。


「ダイギンジョーさんが来れば百人力だ! うちの海賊料理が一番だって証明してくれるに違いねぇ!」

「いんや、そりゃ実際に食ってからってぇ話だ」


 ダイギンジョーがやって来ていたのは、古巣でもある海賊たちがやっている食堂『黄金の髑髏どくろ亭』だ。

 内装は自然の木目を活かしたシンプルさだが、海賊船を思わせるような海賊帽や旗、舵が飾られている。


「内装はなかなか洒落てるじゃねーか」


 わざと汚し加工がされたテーブルに座るダイギンジョー、そこへ運ばれてきた料理は見るも無惨なものだった。


「なっ!? 硬い乾パンに、塩の味しかしねぇ干し肉、それにテキトーに焼いただけの魚……」

「だ、ダイギンジョーさん……?」

「今、海上都市ノアには様々な食材があるってのに、どうしてこれを選んだってんだい?」

「そりゃ、海賊っぽい料理だからに決まってますよ! 我ら、ジーニャス海賊団ですから!!」

「バッキャロウ!!」


 ダイギンジョーが怒りの鳴き声を上げた。


「『海賊っぽい料理』だと? んな、っぽいとか知るか! 海賊料理の真髄ってのはなぁ、船にある限られた食材をいかにして無駄なく美味く作るかってもんだろ!! もっと仕入れられる食材に合わせた、随時最高のメニューにしやがれ!! こんなんで一番な料理なはずねーだろってんだ!! 爪で研ぎ殺すぞ!!」

「ひぃっ!? すいませんでしたぁ!! で、でも……」

「デモも、ヘチマもあるもんかい!!」

「他の食堂も、こんな感じですよ?」

「……なん……だと……」


 ダイギンジョーは大急ぎでパルプタの食堂『ジェ・マル・オズユー』――意味は眼が痛みますという謎の店名――と、シンプルすぎる名前の獣人たちの食堂『反乱』へ向かった。

 そこで見たのは、黄金の髑髏亭のように型にハマった料理だった。

 ダイギンジョーとしては、実は型にハマった料理もそれはそれで悪くないとは思っている。

 しかし、ここは食材に偏りが出る船の上だ。

 その偏った食材で、型にハマった料理を作ろうとすると無理が出る。


 たとえば、ジャガイモが本来の材料だが船に薩摩芋スィートポテトしかない。

 そんなとき、代用としてサツマイモをそのまま使ったら甘くて本来の料理には仕上がらないだろう。

 逆にジャガイモだけなくしても、ジャガイモから出る成分すら足りなくて全体的に味が物足りなくなってしまう。

 ――というような理由があったのだ。


「こりゃいけねぇ……。船の上でこんな料理の作り方をしてちゃあ、いつか不満が爆発しちまうってもんだ……」




 ***




 数日後、ダイギンジョーは三つの食堂関係者を呼び集めた。


「ダイギンジョーさん、いったいなんだっていうんですか?」

「もしかして、他の食堂と仲良くしろと?」

「それだったら冗談じゃないですねぇ」


 呼び集められた食堂関係者たちは、テーブルに座りながら不平不満を露わにしていた。

 どうやら海上都市ノアという小さい世界でライバル関係を結んでいると、相手に対して認められないところも出てくるようだ。


「はぁ……。あっしは本当に残念でぃ。料理の道を進む者が、こんなにもせめぇ心を抱えているたぁ……」

「お、お言葉ですがダイギンジョーさん! こんな奴らと仲良くすることなんて――」

「うるせぇ、黙れ! おめぇらは全員まだまだひよっこでぃ! その無駄口を叩く口を今からあっしの料理で塞いでやるってんだ!」


 ダイギンジョーが指をパチンと鳴らすと、ノアクル、ローズ、レティアリウスが皿を運んできた。

 普段は上に立つ面々が給仕をしているという事態に、食堂関係者は白目を剥いてしまう。


「ほら、どうした。食え」


 いつものようにナチュラル上から目線のノアクル。


「は、はい! いただきます!」


 ノアクルが海賊たちの前に運んできた料理は、猫の島で大量に捕れたドードーの肉を使った料理だ。

 それを海でふんだんに捕れる魚介類と、ビタミンなどのために野菜も使われている。


「し、新鮮な肉と野菜、魚介類……。それでいて海賊を思わせるようなワイルドな味付けと、船特有のビタミン不足などを補うバランス……健康と美味さのハーモニーやー!! ヨーホーホー!!」


 何やら海賊っぽい雄叫びをあげて満足したようだ。

 次はローズが皿を、パルプタ食堂関係者の前に置いた。


「こちらも召し上がるといいですわ」

「ふ、ふんっ! パルプタ料理のようだが、船にはパルプタソースがないはずだ! そんな状態でまともな物が作れるはず――」


 パルプタソースとは、パルプタ周辺で取れる素材を煮込んで作ったソースだ。

 現地の人間からすれば、それがパルプタ料理をたらしめるものと言えるだろう。

 だが、その考えは一口食べた時点で打ち砕かれた。


「こ、これは……パルプタソースとは違う風味!? それなのに、パルプタ料理の魂を感じてしまう……どういうことだ!? 使っている素材はオレたちの物と一緒なのに!?」

「そっちも猫の島で仕入れた素材――豆から作った黒いソースだぜ」

「パルプタソースではない!? そ、そんなもの邪道だ……! 邪道だが……美味い」

「はんっ! どうやら舌までは腐ってなかったようだねぇ! 元々パルプタ料理の歴史ってのも、他の料理を取り入れたり、改良したりして積み上げていったものさ。そんなら、出航先の物を使う親和性もたけぇってわけよ」


 パルプタ食堂関係者は悔しそうな表情を見せていた。

 最後は獣人だ。

 レティアリウスが皿を優雅に、コトリとも音を立てずに置いた。


「さっ、お食べ」

「わ、わんっ! じゃなくて、はい!」


 魅惑的すぎるレティアリウスに対して、つい本能が出てしまったようだ。

 そのままの勢いで皿に載った物を食べようとしたが、おかしなことに気が付いた。


「って、あれ? これ……肉っぽく見えるけど、肉の匂いがしない……?」


 一見すると丁度良い焼き目が付いたステーキだが、香りに違和感があったのだ。


「おっと、獣人の嗅覚の鋭さまでは計算外だったぜぃ! それは要改良だな! ともあれ、今は味を確かめてくれってんだ」

「で、では……」


 獣人はナイフを入れると、その柔らかさに驚いた。

 断面も食欲をそそる色をしている。

 何の肉かと思いながらも口に運ぶと、それはまさしく肉だった。


「う、うめぇ……肉だ……。けど、食べたことねぇ肉だ。これはいったい……」

「それも猫の島で仕入れてきた」

「モンスターの肉?」

「いいや、大豆の肉だ」

「へ? 大豆? またまた冗談を……」


 さすがに大豆が肉になるはずがない。

 奴隷時代は獣人だと馬鹿にされて冗談を言われることもあったため、その延長かと思ったがどうやら違うらしい。

 ダイギンジョーの眼は大真面目だ。


「冗談なんてもんじゃねぇ、大豆だって工夫すりゃ肉みたいに使えるってんでぃ! ここから肉以外も色々と食ってみろってんだ!」


 ノアクルはタイミングを見計らって、ダイギンジョーのために昇降台を用意した。

 ダイギンジョーはこれに乗って、小さいケットシーの身体でもそれっぽく演説できるようになった。


「耳の穴かっぽじって、よーっく聞きやがれ!! 船ってのはなぁ、いつ何時食材が偏るかわからねぇ環境だ! それを臨機応変に、最高に美味しくしてやるってのが船の料理人の勤めだ! 食事一つで船員の士気に大きく関わるし、あっしたちがこの海上都市ノアを支えてると言っても過言じゃねぇ!」


「「「は、はい!!」」」


 その歴戦の気迫に思わず関係者たちも身が引き締まり、一斉に返事をしてしまった。


「誰が一番だとかクソくだらねぇこと言ってねぇで、食事を楽しみにしてくださっているお客さん方に最高の物を提供し続けろってんだ! これからも料理長としてチェックしてやるからそのつもりでいろってんだ!」


「「「はぃぃー!!」」」


 その後――三つの食堂は諍いを起こさず、良いライバル関係を築いていき、海上都市ノアを支える存在になったという。




 ***




「さてと、そろそろディロスリヴの羅針盤による、死者の島の場所が判明するわけか」


 作戦室に集まるいつもの面々。

 今日は待ちに待った日だ。

 これによって今後の予定が決まる。


「結果から言って――」


 ローズが口を開き、注目が集まる。


「死者の島へ向かうのは不可能ですわ」

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