第六章 アーマードワーフ

料理長ダイギンジョーは肉球を振るう(前編)

 ノアクルは、久々に海上都市ノアに戻ってホッとしていた。

 まるで自宅にいるような気分――いや、自宅と言っても過言ではないだろう。

 しかし、そこにはジーニャスがいなかった。

 何か悪いことがあっていないというわけではなく、修業のために猫の島に残ったのだ。

 ノアクルはつい独りごちてしまう。


「何か気にしているらしかったが……猫神の修業でどうにかなるものなのか?」


 別れ際のジーニャスと猫神との会話を思い出す。


『トレジャン相手に身がすくんで、コイコン相手にも見てるしかできなかった……。こんな私でもノアクル様は必要としてくれると思いますが、私自身が耐えられません』


 語尾ににゃーを付け忘れているぞ……ジーニャス。と突っ込みたくなったが深刻そうな表情だったので止めておいた。

 同席していた猫神の言葉が続く。


『この子は我が曾孫、召喚神術の才能の一部を引き継いでいるらしくてにゃ』

『召喚? ドラゴンとか召喚するアレか? 魔法や魔術と呼ばれるものではなく、〝神術〟というのも気になるな』

『それは神の力の一端だからにゃ。特殊な物を召喚することになる、楽しみにしておくにゃ。あ、そうそう。ディロスリヴの羅針盤を持っていればそちらの位置はわかるから、修業完了した際は送り届けるにゃ』

『まぁ、俺は別に何とも思わないし……気にしないが……なるべく早く帰ってこいよ』


 そんなやり取りをして、ジーニャスを猫神に預けてきたのだ。

 海上都市ノアに残っているジーニャス海賊団は、しばらくはダイギンジョーがまとめてくれるらしい。


「そういえば、海賊でもあったんだな……ダイギンジョー……」

「おう、お前さん。あっしのことを呼んだかい?」


 どうやら独り言を聞かれてしまっていたらしい。

 近くにいたダイギンジョーが覗き込んできた。


「ふっ、聞かれていたか」

「いや、お前さんが呼びつけたんだろう? あっしに船を案内するって……」

「そういえば、そうだったな」


 呼び出した場所で相手が独り言を言っていたら、普通はこうなるだろう。

 どうして案内することになったかというと、ディロスリヴの羅針盤で死者の島の場所を特定するのに時間がかかるらしく、手持ち無沙汰になったためだ。

 気を取り直して、ダイギンジョーを案内する。


「さて、まずは海上都市ノアへようこそ。改めて歓迎しようではないか」

「おう、随分と歓迎されてるぜ。お前さん以外も親切な奴が多いし、知った顔の海賊たちもいるしな。それにしても、ここはでけぇ船……いや、都市だか、国家だかか?」

「都市でもあり、国家でもあるが、船ではないな。イカダだ」

「い、イカダだぁ?」

「話せば長くなるが――」


 今までの冒険の話を聞かせながら、だだっ広い甲板の上を歩いて案内していく。

 どれくらい広いかというと、最初はイカダだったのだが、そこから拡張に拡張を重ねて住居や生活に必要な各施設(食堂、売店、酒場、畑、倉庫、真水生成器、公衆浴場等々)、戦闘時の施設(艦首、ドッグ、格納庫、武器庫、作戦室)、ゴーレム腕アンカー、魔導エンジンがあるのだ。


 一言で表現すれば、馬鹿でかい四角が海に浮かんでいる。

 無茶な増改築を繰り返して歪すぎるのだが、それでもスキル【リサイクル】と、アスピの大地の加護というチートでどうにかなっている。


「とんでもねぇところだな、こりゃあ……」

「俺もそう思う。何か勢いでこうなった」

「きちっと運営できるようにしているローズの嬢ちゃんは苦労してそうだなぁ……」


 ローズと言えば、出航前に『せっかくの島なのでケットシーとの交易を行いますわ! ゴルドーゴーレムから【リサイクル】した黄金も余ってますし!』と張り切っていた。

 どうやらローズが猫の島での経験を元に、買えそうな物、売れそうな物をリストアップしていたらしく、そこらへんはスムーズに行えたようだ。


 ついでに猫神から特産品の油などの物資ももらっていた。

 本当に抜け目のない十一歳である。


「さて、案内するのはまずここ――食堂だ」

「おっ、海の上の食堂。いいねぇ、いいねぇ」


 パルプタから移住してきた者たちの食堂を見て、料理人であるダイギンジョーはテンションが上がっているようである。


「次に案内するのが――食堂だ」

「食堂が二つもあるのかい、豪勢だねぇ」


 海賊たちが運営している食堂だ。

 ダイギンジョーにとっては見慣れたものかもしれない。


「最後に――食堂だ」

「……ちょっと待ちな、三つも食堂があるってのかい!?」


 獣人たちのワイルドな食堂だ。

 さすがに三連続食堂でダイギンジョーも眼をパチクリとさせている。


「ダイギンジョー、言いたいことはわかるな?」

「わからねぇよ!」

「ふむ……そうか。つまり、食堂が三つあって食事関係のトラブルが起きているから、料理長になってもらって何とかしてほしいということだ」

「やれやれ、もう料理長ってガラでもねぇですが……。あっしにできることならやってみまさぁ」


 こうして料理長ダイギンジョーが誕生し、海上都市ノアの料理問題に取り組み始めたのであった。


「――ちなみに俺が猫の島に行っている間に、三つの食堂が『自分の料理こそ一番美味い!』と言い出して状況が悪化しているらしい」

「……はぁ……猫の手も借りてぇ状況ってやつですかい……」

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