吾輩は捨て猫である、居場所はまだない

 ダイギンジョーは仕事のあとの一杯をやりつつ、昔を思い出していた。




 幼い仔猫の自分、あれはとても寒い冬の日だった。

 ケットシーの母の温かい記憶はないのに、不思議とその辛い日々の記憶は残っている。

 いや、最初にして最後の母の思い出だけは一つあった。


『毛の色も悪いし、可愛くないしゴミだにゃ』


 寒空の下、母に捨てられた記憶。

 大人になってから考えると、もしかして母にも何か事情があったのかもしれない。

 しかし、傷付いたダイギンジョーの心はずっとそのままだ。


 その大きな港街は獣人を受け入れはしていたが、獣に近いケットシーは差別の対象となっていた。

 仔猫であるダイギンジョーが空腹で食べ物を求めても、与えられるのは投石や罵倒だ。

 喋らない猫は餌をもらえるのに、喋る猫はダメらしい。

 孤独な仔猫にとっては厳しい世界だ。


 それでも生きなければならない。

 必死に頼み込むと、たまに無垢な子どもがおもしろがって食べ物をくれる。

 酒場のゴミ箱も、腐ってはいるが食べられる物が入っている場合がある。

 意外と生きられるな、と思った時期もあった。


 しかし、運が悪く……特に意味も無く人間や獣人から暴力を振るわれ、ボロボロの状態で転がっていた。

 痛い、ひもじい、寒い、寂しい、母さん、死にたくない。

 たった一匹の仔猫は、そんな気持ちだった。

 そこで母の言葉が思い出される。


『毛の色も悪いし、可愛くないしゴミだにゃ』


 自分は本当にゴミなのだろう。

 きっとそうだ。

 だから捨てられたし、こんな目に遭ったりもしている。

 ゴミは生きている価値が無い。

 それでも――


「たすけて……」


 ダイギンジョーは生きたいと願ってしまった。


「助かりたいか?」


 そこへ通りかかった、体格の良い猫獣人の男がやってきた。

 頭には海賊帽を被っているので悪い存在なのだろう。

 それでも、すがってしまう。


「ゴミだけど……たすかりたい……」

「そうか、それなら助けてやる」


 海賊の男は、巻いていたマフラーをくれて、不格好なサンドイッチも渡してくれた。

 サンドイッチはお世辞にも美味しいとは言えなかった。

 あとで知ったがそれは手作りだったらしい。


「お前、行く当てがないなら海賊にならないか?」

「か、海賊……」


 いきなり海賊に誘われても、さすがに踏ん切りが付かなくて言い淀んでしまった。

 海賊の男はニカッと笑った。


「いや、何でもない。じゃあな、元気でやれよ」


 海賊の男は去ってしまった。

 対価を何も求めず、マフラーと食べ物をくれた奇特な人物。




 ダイギンジョーは次の日、彼を捜し回った。


 ようやく港で船を見つけたときは、出航する直前だった。

 海賊の男に向かって、ダイギンジョーは叫ぶ。


「ゴミだけど……仲間になっていいの!?」

「お前はゴミじゃない、これからは家族だ」


 こうしてダイギンジョーはフランシス海賊団の一員となった。




 ***




「へっ、ガラにもねぇことを思い出しちまったぜ……。ジーニャスの嬢ちゃんがいるからか、それとも――」


 宴が行われている隅で、ダイギンジョーはチビチビとマタタビ酒を飲む。

 どんなにやっても、今日は不思議と酔えない。

 もう先に何かに酔っているかのようだ。

 フランシスからもらったマフラーを触っていると、誰かが声をかけてきた。


「本日の主役が、こんなところで何をやっているんだ。ダイギンジョー」

「そりゃあ、お前さんも同じこったろ。ノアクル」


 それは近くにやってきたノアクルだった。

 最初はろくでもない悪ガキに見えたが、今は一国を治める王の風格を感じてしまう。


「なぁ、ダイギンジョー」

「なんでぃ?」

「お前、うちの海上都市ノアの料理長をやらないか?」

「料理長……か。あっしはもう、そんな大層なご身分じゃねぇよ」

「そうか。それじゃあ、元気でやれよ」


 ノアクルはニカッと笑い、去って行ってしまった。

 今までのことを見れば、この島へ来たのは明らかにダイギンジョーをスカウトするのが目的だったはずだ。

 それなのに、助けた対価など何も求めない奇特な人物。


「ったく、なんでぇ、このイラつく感じは……」


 ダイギンジョーのマフラーは夜風に吹かれ、大きくなびいていた。




 ***



 夜が明けた次の日。


「ノアクル様、このまま出航していいにゃ?」

「ああ、準備が出来次第、海上都市ノアへ戻ろう」


 大勢の猫たちが見送りに来ている港。

 ジーニャスのゴールデンリンクス号が出航準備を開始していた。


「にゃんというか、ダイギンジョーのおじちゃんは……」

「さぁな」


 ノアクルが猫の島に背を向け、ゴールデンリンクス号へ乗り込もうとした――その瞬間。

 息を切らして走ってきた一匹のケットシーがいた。

 彼は大声で叫ぶ。


「あっしはゴミだけど……それでも仲間になっていいのかい!?」

「お前はゴミじゃない、特別なゴミだ」


 それに対して涙を浮かべながら笑うジーニャスがツッコミを入れた。


「だからノアクル様、その言い方は誤解されますにゃ!」

「あー、なんだ……その……別の言い方をすれば……」


 照れながらノアクルはボソッと呟いた。


「これからは家族だ」


 限りなく透明な空は清々しく、波は穏やかで優しくて、ダイギンジョーの船出を迎え入れているようだった。




――――――――

あとがき

これで第五章は終了です。

次回からは第六章の予定ですが、まだプロットに肉付けができていないのでしばらくお待ちください。

では、アーマードコア6の世界へ取材を……戦闘モード起動します。

(初期からのプレイヤーなので十年ぶりの新作をずっと待っていた)


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