猫の島の宝

 大会優勝から数時間が経った夜。

 結論から言うとコイコンはいつの間にかいなくなっていた。

 どうやら壁に叩き付けられた直後、表から裏へ移動するスキルによって逃げていたらしい。

 猫の兵士たちが追ったが、すでに島から脱出した痕跡があったという。


「ふむ、あいつの宝とやらを返し損ねたな」


 ノアクルは手の中にあったコインを弾く。

 それはコイコンがトレジャンからもらったらしい宝――コインだった。

 落ちてきたコインを手の甲にパシッと乗せた。

 手で塞いで、表か裏か当てるのが普通だろう。

 だが、ノアクルは止めた。


「こんなものに運命を任せるのは気に食わん」


 コインをポケットにしまった。


「優勝チームの王様、一緒にマタタビ酒を飲まないのかにゃ?」


 大会で争った猫が話しかけてきた。

 そういえば、猫たちが宴会を開いてくれている最中だと忘れていた。

 野外テーブルに料理の皿が並び、飲み物が振るわれ、猫たちがワイワイと騒いでいる。


「いや、人間に戻ってしまったからマタタビ酒は遠慮しておく……」

「残念だにゃ~」


 実は今でも気を抜くと猫っぽく座って足で顔を掻いてしまったり、毛繕いしてしまったりしそうになる。

 つくづく猫化というのは恐ろしいモノだったと身震いしてしまうほどだ。

 それとは真逆に猫っぽくエンジョイしている仲間もいた。


「にゃはは! なんだか楽しいにゃ~!」

「よっ! 島を助けた良い海賊のジーニャス船長!」


 元々、猫の要素を持つ猫獣人であるジーニャスは、猫化の後遺症的なものでまだ猫に近い動きをしていて少し憐れになるくらいだ。

 四つん這いになり、スカートも気にせず転げ回ったりしている。

 野性味ありすぎてパンツ丸見えでも、お馬鹿すぎてお色気ゼロの状態だ。

 普段の姿と違いすぎて――いや、陸のジーニャスは無能なので普段と変わらないかもしれない。


「まぁ、料理大会で優勝したあとだし、それくらいは別にいいだろう」


 大会に出場した料理猫たちが腕を振るい、宴会の肴を作ってくれている。

 たぶん、この島で一番美味い料理が並ぶ豪華な宴会となっているだろう。

 ジーニャス以外の仲間も料理を食べたり、猫と一緒に踊ったりして楽しんでいるようだ。

 ノアクルとしても一緒に宴会の輪に入ってもいいのだが、少し気になることがあった。


「コイコンが……いや、トレジャンが狙った宝とは何だったんだ?」

「知りたいかにゃ? ノアクルよ」


 いつの間にか猫神が隣にやってきていた。

 最初の頃と違い、もう敵意はない様子だ。


「きゃつらが狙ってきたのは、この〝ディロスリヴの羅針盤〟にゃ」

「なんだそれは?」


 猫神が手に持っているのは、一見するとただの古くさい羅針盤にしか見えない。

 だが、漂ってくる雰囲気は死を感じさせる。


「死と再生を司る海神ディロスリヴ、その力を宿したアーティファクトにゃ」

「アーティファクト……古代文明よりも古いというアイテムか」

「そうにゃ。神々が作りしアイテム。それがアーティファクトだと言われているにゃ」

「言われている……って、猫神様も神なのでは?」

「妾は比較的、歳の若い神じゃからにゃ。人間で言うとピチピチの十七歳くらいにゃ」

「さすがにそれは嘘だろ」

「にゃはは! ノアクルほどの漢となら年甲斐もなくロマンスをしてもいいのにゃ!」

「ふーむ、今はそういうのより楽しいことがあるからパス」


 猫神は割と本気で残念そうにしていた。

 お互い、人と猫という部分は気にしていないようだ。

 王と神、器的に似たようなものなのかもしれない。


「で、その〝ディロスリヴの羅針盤〟というのは、何か特別な力でもあるのか?」

「死者の島への海路を指し示してくれるにゃ」

「死者の島……」


 ノアクルは思い出していた。

 トレジャンが去り際に言っていた『オレたちと再びやり合いたきゃ、死者の島でも探すんだな』という言葉を。


「猫神様、それを貸してくれないか?」

「……そういうと思ったにゃ。ほれっ」


 猫神はポイッと〝ディロスリヴの羅針盤〟を投げてよこしてきた。

 どうやら猫神からしたらそこまで大切なものではないらしい。

 むしろ厄介払いできたとまで感じ取れる。


「トレジャンと戦うために死者の島へ向かうにゃ?」

「よくわかったな」

「まっ、何となくだにゃ。それなりにトレジャンと……ジーニャスの血筋には因縁があるにゃ」

「猫神様が?」


 海賊方面と、猫の神が因縁あるとは思えない。

 共通点が何も――と思ったところで、ふと気が付いた。


「猫……猫……、そういえばジーニャスは猫獣人か……」

「フランシスは妾の孫にゃ。で、さっき気が付いたが、あのジーニャスがいつの間にかできた曾孫っぽいにゃ」

「猫神様、結婚していたので?」

「昔の話にゃ」


 猫神様からジーニャスの姿を考えると、どこかで人間の血が入ったのだろう。


「ん? 待てよ、そうするとジーニャスは猫獣人じゃなくて、ライオン獣人……?」

「途中で妾の他に、猫や人間の血が混じっておるので、幾分かは入っておるかもしれんにゃ」

「意外と複雑な感じだったんだな……ジーニャス……。って、それとトレジャンは何か関係が?」

「トレジャンとフランシスは、一人の女を船の上で奪い合ってたらしいにゃ」

「痴情のもつれってやつか……」

「それが理由で決別したとも聞いたにゃ」


 たしかにそういう理由なら、当時子どもだったジーニャスが理解できるはずもない。


「トレジャンは大方、それ関連でフランシスだけが発見したとされていた死者の島発見の功績でもあげて、自分の方が優れているとでも主張したいに違いないにゃ」

「うーん、そんなものでここまでのことをするか……?」

「あの男は頭がおかしいにゃ、何をしてもおかしくないにゃ」


 ノアクルも、トレジャンが頭おかしいというのは同意だ。

 対峙したとき、常人では感じない雰囲気を放っていた。

 死者よりも冷たい心と、誰よりも何かを渇望するような熱量。


「さて、妾は曾孫と話でもしてくるにゃ」

「ああ、ジーニャスも曾お婆ちゃんがいると知れば喜ぶと思うぞ」

「曾お婆ちゃん……。さすがに曾お婆ちゃんは響きが……。やっぱりお婆ちゃん辺りと偽るのもありかもしれんにゃ……」


 お婆ちゃんと、曾お婆ちゃんという境で何か思うところでもあるのだろうか。

 神様の乙女心は複雑に違いない。


「〝ディロスリヴの羅針盤〟か……。これがあれば死者の島にもいける」


 ノアクルは、その海神の力を宿したアーティファクトを眺めるのであった。




――――――――


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