ノアクルVSコイコン

「なに!? どんなトリックを!?」

「吐き出した毛玉で糸を織っただけだが?」

「だけど、これしき――」


 全身を絡め取られていたコイコンだったが、強引に引っ張って引き千切った。

 その際、猫になっているノアクルも体重が軽すぎて地面に転がってしまう。


「おっと……さすがに猫の身体じゃ調子が出ないな。それなら――」


 ノアクルは受け身をとりながら、間一髪で助かって冷や汗をかいている猫神に向かって叫んだ。


「料理大会優勝の願いは、俺たちを人間に戻すことだ!」

「その願い、叶えるにゃ」


 猫神がそう言うと、ノアクルたちはポンッと煙に包まれ、ダイギンジョーを除いて猫と犬の姿が解除された。

 ノアクルは久々に元の人間に戻り、腕を回したり、首を捻ったりして凝りをほぐす。

 金色の髪を掻き上げてから、余裕のある笑みを浮かべる。


「さて、反撃開始と行こうか」

「くっ、トレジャン船長に仇なすゴミが!」

「それは褒め言葉と受け取っておこう」


 猫神を殺そうとしてもジャマされると考え、コイコンは狙いをノアクルに定めた。

 一気に飛び込むような形で間合いを詰め、手刀を放とうとしていた。


「所詮、生ぬるい環境で育ってきた王子! 搦め手は使えても、その貧弱な身体では!」

「それはどうかな」


 ノアクルは冷静に目線を動かし、コイコンの素早く鋭い一撃を腕でいなした。

 コイコンは何かのまぐれかと思い、もう一撃を放つ。

 それも無駄に終わる。

 コイコンは信じられないという表情で目を見開いた。


「お前……ただの王子ではないな……」

「元王子だ。イカダで追放されたり、仲間に見捨てられて地下闘技場で生き抜いたりと大変だったからな」


 後半の言葉に、ジーニャスが目を逸らして引きつった表情をしているが気のせいだろう。


「まっ、獣人闘士たちより弱いな」

「ふ、ふざけるな……!」


 挑発されたコイコンはさらなる攻撃を仕掛けようとしてきた。

 まだ何かあると思ってノアクルは警戒しながら、同じように手刀をいなそうとした。

 しかし――


「!?」


 手刀をいなした瞬間、コイコンの手の感触が背中にあった。

 眼前からコイコンが消えていたのだ。

 本能で振り向くよりも早く、前方へ大きく飛び込んだ。


「チッ、勘の良い奴」


 ようやく振り向くと、そこには本当にコイコンがいた。


「一瞬で後ろへ移動した……? いや、条件があるな」


 無条件で瞬間移動ができるのなら、背中に手の感触を残さないで攻撃したらいい。

 そんな相手に気付かれるデメリットをする意味がない。

 しなかったということは、何か条件があってそうせざるを得なかったのだろう。

 トレジャンからもらった宝――たぶんコインに、ちなんだスキル。


「ふむ、コインの裏表……。つまり触れたモノの裏側へ移動するスキルといったところか?」

「……」

「どうやら図星のようだな。それなら毒物を会場に持ち込むこともできるからな」


 コイコンは普段は寡黙そうだが、表情を完全に隠し通せるわけではないようだ。

 それに、それなりの場数を踏んできたノアクルと違って、余裕がないように見える。


「それなら勝てるまでボク自身を強化し続けるだけ。……表、表、裏」


 コイコンはコイントスをして、それを次々と当てていく。

 外れればいいなと密かにノアクルは思うも、どうやらコイントスに関しては恐ろしいほどに強運らしい。

 それなら、コイントスをさせなければいい。

 攻撃をして妨害する? その必要すら無い。


「スキル【リサイクル】――対象は投げ捨てているコインゴミ

「なっ!?」


 コイントスというのは、頭上へ投げなければできない。

 物体を投げて手から離れたのなら、それはノアクルにとってゴミと言ってもいい存在になる。

 それならスキル【リサイクル】でどうにかするのは簡単だ。

 ノアクルはコインを手元に引き寄せた。


「お前にとって宝でも、俺にとってはゴミだ」

「の、ノアクル……!! 侮辱してはいけない物を侮辱した……!!」

「ふむ、ゴミは素晴らしい物だがな?」


 なぜか挑発になってしまったらしい。俺ってば勘違いされやすいな……などと考えていると、先ほどから三回程度コイントスで強化が成功していたので、怒り狂ったコイコンはパワーに満ち溢れていた。

 手刀ではなく拳を大振りに振るう。

 さすがにヤバそうなのでいなすのを諦めてバックジャンプで回避すると、地面が爆発した。

 外れた拳が地面に当たっただけで、この威力だ。


「おいおい……。誰だよ……こんなにコイコンを怒らせたのは……」

「ノアクル様だにゃ」

「あっしもノアクルの旦那が悪いと思う。人の心がねぇお人だ」

「うーん、殿下ってそういうところがありますわ……」

「まぁ、ノアクルですもんねぇ……」


 ノアクルは仲間からの熱いエールを受けて、気合いを入れ直した。


「よし! この流れは俺が勝つ感じだな! レティアリウス、アレを頼む!」

「はいはい」


 なぜか少し嫌そうなレティアリウスは気功を練って、ノアクルへと放った。

 ノアクルはそれをスキル【リサイクル】で身に纏う。


「来い、怒りにまかせて俺を殴りたいんだろう?」

「ノアクルぅぅぅ!!」


 コイコンが猛ダッシュで殴りかかろうとしてきている。

 ノアクルもそのまま殴り――の前に、最近ダイギンジョーと一緒に気功の修業をしたときの副産物を試してみることにした。

 ただ全身に纏わせ続けるのではなく、一点に集中する方式だ。

 それも以前と違って限界まで圧縮する。

 場所は拳のみ。

 それによって――


「パワー勝負なら俺の勝ちだ」

「グッ!? アアアアア!?」


 ぶつかる拳と拳。

 弾ける空気。

 ノアクルのパンチは驚くほどに強化され、地面を爆発させるようなコイコンのパワーをも上回った。

 吹き飛んで会場の壁に叩き付けられるコイコン。

 戦いはノアクルの勝利に終わった。

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