大金持ちになったので豪遊
「わはは! 今夜は奢りだ! 飲んで食え、猫共よ!」
夜、地下採掘施設にノアクルの楽しげな声が響いていた。
それに呼応するかのように周囲の作業猫たちも大盛り上がりだ。
「うおー! アンタがここの王様だにゃー!」
「久しぶりのマタタビ酒だにゃー!」
「よっ、お大尽だにゃ!」
ダンジョン探索によって手に入れたネコウカを大盤振る舞いしている最中だ。
最初はローズに無駄遣いをするなと止められたが、ノアクル一行だけ羽振りが良くなった場合は、他の作業猫たちから嫉まれて思わぬ妨害が入ることもあると説得した。
ただあぶく銭の馬鹿騒ぎに見えるが、今後のための立派な必要経費なのだ。
「ふはは! 俺を崇め奉れー!」
もっとも、ノアクルは普通に気持ちよくなっているように見えるが。
しかし実際問題、ネコウカを稼いで三日で一日外出券を入手できる目処が立ったらあとはダイギンジョーの役目が大きい。
今もドードーの肉を解体しながら、難しい顔をしているところだ。
「こいつぁ鶏肉……にかなり近い。たぶんこれまでのモンスター料理経験から適切な下処理をしちまえば調理自体は可能……。だがなぁ……料理にあっしの毛が入っちまったら元も子もねぇ……」
ダイギンジョーがモフモフした毛を一撮みすると、結構な量の抜け毛が取れてしまった。
これが料理の最中に皿に入ったらと思うと気が気ではない。
「お悩みのようだな、ダイギンジョー」
酔っ払い猫たちに持ち上げられて気持ちよくなったノアクルが、ダイギンジョーの元へやってきた。
ノアクルは酒を飲んでいないが、場の空気に当てられて酔っているように見える。
ダイギンジョーとしては、さすがに真剣に悩んでいるのに、そんな男にお気軽に話しかけられてイラッとしてしまう。
それにちょっとした私怨だが、妹か娘のように思っていたジーニャスから慕われているのが気に入らないというのもある。
「なんでぇ、お前さんには何もできねぇだろう。しっしっ、あっちへ行きな」
「ふむ、たしかにその通りだ。実際、俺一人でできることは少ない。今までもみんなに助けてもらってばかりだったな」
「……へぇ、意外と腰が低――」
「そう、ゴミたち――使えるゴミたちに支えられ、今の俺がある!」
いつものノアクルの特殊な言い方だが、ダイギンジョーはそれが気に入らなかった。
「ゴミゴミってなぁ、捨てられる方の気持ちにもなってみろってんだい!」
「いや、俺は捨てる側じゃなくてだな……って、ジーニャス?」
後ろからジーニャスが突然引っ張り、ノアクルにだけ聞こえるように耳打ちしてきた。
「ノアクル様……実はダイギンジョーは捨て猫で、大変苦労しているところを父に拾われたらしいんだにゃ……。だから、いつものノリでゴミとか言ったら傷付いちゃうにゃ……」
「う、うむぅ……そういう繊細な奴もいるのか……」
「というか大体はそうだにゃ」
ノアクルはバツが悪そうな表情でコホンと仕切り直してから、再びダイギンジョーに向き直った。
「お前はゴ――……じゃなくて、使える奴だ!」
「急になんでぇ……。使えるっつっても、現在進行中で無能を晒してるところでぃ……」
「それについては考えがある」
「考え……?」
ノアクルは、遠くでマタタビ酒をコクリコクリと優雅に飲んでいたレティアリウスに目配せをした。
彼女は杯を置いて、酔った様子も無く近付いてくる。
「例のアレをやるのね?」
「ああ、頼んだ」
「レティアリウスの姐さん……? いってぇ何をするってんだい?」
レティアリウスは微笑を浮かべ、いきなりノアクルを殴りつけた。
「えぇっ!?」
突然のことに驚いてしまったが、よく見ると拳はぶつかっていない。
しかし、ノアクルは何かに押されるように後ろへ仰け反っていた。
「こ、これは……?」
「ふふ、ダンジョンで見たはずよ」
「まさか、気功ってやつですかい!?」
仰け反った体勢から元に戻ったノアクルは、腕組みをしながら偉そうにしていた。
そして、手の平をダイギンジョーにかざすと――
「うおぉ、何だこりゃあ……何かに包まれてるみてぇだ……」
「ククク……。レティアリウスの気功をお前に移した」
「き、気功を……どういうことでぃ……?」
どうやら気功を知らなかったダイギンジョーは理解できないらしい。
うまく説明してやる必要がありそうだ。
「そうだな……。気功というのは通常の状態だと身体の表面に張り付くというか、包み込んでくれる感じになるんだ。その気功の膜がある状態なら、毛も落ちにくいだろう」
「なっ!? そんな手段が!?」
「まぁ、そんなに長くは持たないが、料理をする時間くらいはあるはずだ。今は俺経由で気功を付与してやるが、レティアリウスに教えてもらえばいつかは自分でも使えるようになるんじゃないか?」
「ありがてぇ……!! 抜け毛さえ気にしなければ……!!」
水を得た魚のようにダイギンジョーから気合いが漲っていた。
ドードー肉を前に、巨大な包丁をサムライのように構える。
「なぁ、ダイギンジョー。たしかモンスターの肉って食えたもんじゃないとか聞いたんだが、どうやって調理する気だ?」
「お前さん、それを知らずにあっしに料理させようとしてたってのかい……? 呆れたもんだ」
「ジーニャスが信じたお前ならできると思ってな」
そう言われたダイギンジョーは、少し照れて頬を赤くしていた。
「ったく! ジーニャスのお嬢ちゃんの名前を出されちゃ、本気になるしかねぇってもんよ! お前さんに〝最高の料理〟ってもんを味わわせてやんぜ!」
モンスターの肉は食えたものではない。
それは本当のことだ。
その理由は様々だが、ドードー肉に関しては魔石に原因がある。
モンスターの体内には、魔力の塊である魔石という物質が備わっているのだが、付近の肉を極端に不味くするのだ。
そうして何も知らずにドードー肉を食べてしまえばあまりの不味さに二度と食わなくなる。
ダイギンジョーは様々な国を旅して、モンスターの肉を食べる地域でも修業をした。
まずは料理をする前に下ごしらえだ。
魔石の影響を受けた部分を残したまま料理すると、その不味さがすべてに広がって手遅れになる。
肉の色、香り、手触り、叩いたときに反響する音。
それらをすべて分析して、必要最低限の肉をこそぎ落として選別する。
そうしてカットすることによって、宝石の原石が姿を現すかのようにきらびやかな極上肉となっていく。
「なんて手際だ……。本当にドードー肉は初めてなのか?」
「はっ! 似たようなモンスターは料理したことがあるってんだ! あとは勘でどうにかならぁ!」
「なるほど……これが天才料理人ってやつか」
「さぁて、今回はシンプルに焼いて試してみるかい?」
「そうだな、期限は三日後だ。試行錯誤してみるのがいいかもしれない」
「なら、この猫の島特産のヤシの実油を使ってっと……」
ヤシの実油は、この地下労働施設でも買えるくらいメジャーなものだ。
猫の島に生えているアブラヤシから取れるので特産となっている。
しばらく待っていると、良い匂いが漂ってくる。
それに釣られて作業猫たちが大勢やってきた。
「すげぇ美味しそうな匂いがしてきたにゃ……」
「こ、これはなんだにゃ!?」
「食べたいにゃー!!」
「おいおい、ドードー肉は大量にあるから慌てなさんな。けど、最初はダンジョンに潜ったメンバーに振る舞うのが
大量の作業猫たちがヨダレを垂らしながら見守ってくる中、ノアクルたちはテーブルに置かれたドードー肉のステーキを前にしていた。
それをナイフで切り分け、フォークで口へ運んでいく。
「こ、これは……!!」
「おっと、そこまでだ。
この島最高の料理猫は、それに伴った風格を見せていた。
その後、一仕事終えたとばかりにダイギンジョーはマタタビ酒を飲みまくり、全員にひとしきり絡んだあとに大イビキを掻いて寝ていた。
「酒癖悪いな……こいつ……」
「うーん、仕事のあとの一杯が何よりも好きなのが玉に瑕なんですにゃ~……」
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