人間に戻る手段は料理大会

 ダイギンジョーはノアクルたちの近くにどっか・・・と座った。

 なぜかノアクルへの警戒心が薄れているように感じる。


「どうして急に俺たちに協力してくれるんだ?」

「はっ、別にお前さん以外は嫌ってねぇよ。だから……なんだ、その、さっき助けられた貸しがあるから……それを返さないと鼻っ柱がむずっ痒いんでぃ!」

「ね、猫ちゃんのツンデレキタァー!!」


 ローズが何か言っているが無視した。


「そうか、何はともあれ助かる」

「で、お前さん方は人間に戻りてぇんだろう?」

「ああ、さすがに猫のまま生きる気はないからな」


 ローズが『えっ!?』という顔をしているが、これも当然の如く無視した。


「いいかい、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ。今から三日後に猫神様に捧げる料理大会が行われる」

「料理大会……そういえば、島に来たときにそんなことを聞いた気もするな……」


 木製のゲートで身分証を提示したときに『はい、全員手続きが完了しました。猫神様に捧げる料理大会も近日開催されますにゃ。それでは猫の島をお楽しみくださいませだにゃー』と初遭遇したケットシーに言われたはずだ。


「その料理大会は、優勝すれば猫神様ができることなら何でも叶えてくれるってぇ話だ」

「何でも……つまり……」

「願いで猫神様をモフモフできるってことですわね!!」

「いや、人間に戻してくれって願いに決まってるだろ」

「ショボーン」


 アルヴァさん、あなたの娘はこの個性的な集団の中でもかなりヤバいです。と手紙に書こうと誓った。


「料理大会で優勝か……」


 ノアクルは料理ができるか? と聞かれたらノーだ。

 さすがに料理下手とまでは言えないが、自分用の男飯程度だ。

 残りのジーニャス、ローズ、レティアリウスも料理大会で優勝できる腕があるとは聞いたことがない。

 となると残るは――


「あっしの出番ってわけだ」

「ダイギンジョー、協力してくれるのか?」

「と言いてぇところだけど、優勝できるという保証はねぇぜ……」

「なんでだ? ダイギンジョーはフランシス海賊団の元料理長で、凄腕なんだろう?」

「そうだにゃ! ダイギンジョーはどんな食材、場所でもほっぺたが落ちそうになる料理を作る最高の料理人なんだにゃ! 船に貴族を招いたときですら、舌鼓を打っていたんだにゃ!」


 興奮気味で話すジーニャスが嘘を言っているようには思えない。

 しかし、ダイギンジョーとしてはあまり乗り気ではないようだ。


「何か理由があるのか?」

「あ、味は……自画自賛になりやすが、自信はありやすぜ……。ただ……今は……」

「どうした? もしかして、怪我か?」

「怪我……けが……そう……毛が抜ける時期なんでぃ!!」

「……は?」


 一瞬、何を言っているかわからなかった。

 数秒後、ようやく怪我と毛がをかけた言葉だと気が付く。

 このシリアスな空気でダジャレとか何を言っているんだと思うが、本人としては表情的に大真面目なのだろう。


「ええと、人間……というか元人間にもわかるように説明してくれないか?」

「おう、なら言ってやらぁ! お前さん、料理に毛が入ってたらどう思うよ!?」

「毛だけ取って、そのあとに気にせず食べるが?」

「……王族様がそんなことを言うのは予想外だ。じゃあ、そこのローズというお嬢さんはどうよ?」

「猫ちゃんの毛だけ先に食べますわ!」

「……」


 ダイギンジョーは、ここに常人はいないのでは? と察し始めた。

 さすがに不憫に思ったのか、レティアリウスが助け船を出す。


「まぁ、アタシたち獣人は慣れていても、普通の人間は毛が入っていたらその時点で食欲が失せるわよねぇ」

「そう! その通りなんでぃ! あっしはそれを長年悩んでいて……」

「あ、もしかしてダイギンジョーがフランシス海賊団を抜けて修業の旅に出たのは……?」


 ジーニャスの問いに対して、ダイギンジョーは申し訳なさそうに言った。


「すまねぇ、ジーニャスお嬢ちゃん。情けねぇことにそれが理由でぃ……。フランシス海賊団で料理をしてるときは、みんな入った毛を気にしないようにしててくれやしたが……それが申し訳なくてねぇ……」

「でも、ケットシーが料理をしたら毛が入るのは仕方がないのでは……」


 ノアクルは当たり前すぎることを言ってしまった。

 猫は全身が毛で覆われていて、意外と毛が抜けやすい動物なのだ。


「てやんでぃ、ばーろーめ!! 仕方がないで料理がダメになるのを我慢できるわけねぇだろう! 抜け毛対策で世界中を回るも、どれも人間の頭髪に関するものばかり……!」

「また毛の話をしている」

「そこで最後に辿り着いたのが、この猫の島ってわけだ。猫神様に『毛が落ちないように』って願いを料理大会で優勝して頼もうとしたら、元海賊だってバレちまってなぁ……。料理大会自体が中止になってたってぇわけさ」

「いや、待て。そういえば、そもそもなんで猫神は海賊を目の敵にしてるんだ? フランシス海賊団は、私掠船免状を持っている海賊でこの国でも評判も良いはずだろう?」


 ディーロランド王国の王都でも、フランシス海賊団に関してネガティブなことは聞かなかった。

 むしろ伝説の海賊としてポジティブな意見が多そうだった。

 ラデス王ですら、フランシスの文献を信頼して参考にしているくらいなのだ。


「はっ、そりゃトレジャン海賊団のせいだろうぜ。アイツら、ここらの海域を好き勝手に荒らして、しかも一度は猫神様の宝とやらを盗もうとしたってぇ話だ」

「黒髭のトレジャン……か……」

「お前さん、知ってんのかい?」

「ちょっと仲間がやられた借りがあってな」

「まぁ、そういうわけで猫神様に海賊だって知られたら、猫にされて地下労働送りってわけさね。あっしは元々がケットシーだったから、姿はそのままなわけですがねぇ。……で、どうにかなりそうですかい?」


 ローズが真顔に戻り、う~んと悩んでいた。


「かなり難しいのでは……。現状を整理すると、外に出て料理大会で優勝しないといけない。そのためには人数分の一日外出券を三日後までに用意して、しかもダイギンジョー様が毛を落とさないようにする手段が必要ということですわよね? それに大会で優勝できるほどの食材も必要ですわ……」

「そうっすねぇ……。期限三日後、一日外出券五枚、毛を落とさなくなるための手段、美味な食材。この難関四つをどうクリアするか……ですかねぇ……」


 悩むローズとダイギンジョーだったが、逆にノアクル、ジーニャス、レティアリウスは何かを思いついたようだ。


「ふはは! ダイギンジョー! お前はゴミだな!」

「なっ!? あっしのことをゴミだと!? やっぱりお前さんも傲慢なお偉い――」

「ただし、使えるゴミだ! 俺たちがお前の悩みを解決して、さらに全員を人間に戻してやろう!」

「ど、どうやって……」


 ノアクルは、ただニヤリと笑みを浮かべていた。

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