牢獄スタートは主役の特権

 ディーロランド王国にある城下町。

 その詰め所には、湿っぽい石の牢屋が設置されている。

 ここは軽犯罪を犯した者が、とりあえずぶち込まれたりするような場所だ。

 そこでノアクルは自信満々で高笑いをあげていて、それを牢屋の外から兵士二人が眺めていた。


「はぁ~……」

「我慢しろって……。オレたち兵士はこういうことをコツコツやって未然に国民を守ってるんだって……」

「何かお偉いさんが来るって通達があったけど、そういうのがあると頭のおかしな奴が増えるのかねぇ……」


 兵士二人は簡素な木製テーブルに置かれているナッツ類をポリポリと食べながら、至極当然な愚痴をこぼしていた。

 ノアクルはそこへ口を挟んでいく。


「ふはは! だから、俺がそのお偉いさんのノアクルだと言っているだろう!」

「大国の立派な元王子様で、何かすげぇ海上都市の主となったお人がゴミ漁りしてるはずないだろ……」

「ふむ、なるほど。そういうものなのか」

「偽物を演じるなら、もっとそれっぽくしろよ……。はぁ~……酒を飲みたい気分だぜ~……」

「仕事が終わるまで我慢しろって……」


 変人を捕まえて陰鬱な気分になっている兵士二人だったが、そこへ上官らしき者がやってきた。

 兵士二人は緩んでいた身体をシャキッと改め、ディーロランド式敬礼――左胸心臓の位置に手を刃として見立てたポーズを取る。


「団長殿!! おはようございます!」


 団長と呼ばれた男も、同じように敬礼を返す。

 しかし、その顔は脂汗がダラダラで目が死んでいた。


「き、貴様ら……確認をするぞ……」

「はい?」

「もしかしてとは思うが、ノアクル・ズィーガ・アルケイン様はここにいらっしゃるか……?」

「ははは! ラデス王がお招きになった国賓であるノアクル様が、こんなところにいるはずないじゃないですか!」

「そ、そうか。安心したぞ……。トップクラスの貴人に対して、投獄などをしてしまったら〝クビ〟どころか、騎士団全員の〝首〟が物理的に飛ぶ――」

「あ、でもノアクル様を名乗る馬鹿は牢屋にぶち込んでおきました」


 団長の表情がピシッと固まった。

 その後ろからローズが走ってきて、ノアクルの顔を見ると


「コレ、うちの殿下です……」


 と申し訳なさそうに言ってきた。

 ノアクルは未だに自信満々の表情で返事をする。


「コレとは何だ、コレとは。まったく、お前は俺の保護者か」


 ローズは呆れ果てて言葉も出ないようだ。

 逆に団長は喉から血が出そうな大声で部下へ叫ぶ。


「ば、バカモノがぁーッ!! その方こそ本物のノアクル様だぁーッ!!」

「ええッ!? だ、だってゴミ漁りしてましたよ!?」

「そ、それは……俗人にはわからぬ、並々ならぬ理由がおありなのだろう……」


 ノアクルは、ただ単に良い感じのゴミがあったから拾っていただけだった。

 しかも夢中になっていたらローズたちとはぐれていた。

 そんな状況でも普通なら職質だけで済んだのだろうが、ノアクルは馬鹿正直に身分を明かしてしまって怪しまれたのだ。


 想像してみよう。

 ご近所のゴミ捨て場でゴミを漁る不審者がいて、首脳会議のようなものにやってくる他国のキングを名乗っている。

 普通にキングクラスの不審者だろう。


「え、あ、そんな……まさか……」

「だから言っただろう。俺がノアクルだ」


 兵士二人はようやく事態の重大さに気が付いたようだ。

 ノアクルに対して背筋をピンと正して、直立不動で慌て顔を晒す。


「「もっ、申し訳ありませんでしたあああああああ!!」」


 白目気味になっていて、今にも気を失ってしまいそうな雰囲気だ。

 団長は片膝を突いて、頭を下げて謝罪をしてきた。


「このわたくしめの首如きで足りるとは思いませぬが、どうか穏便にことを収めて頂けないでしょうか……。教育の行き届いていない部下ではありますが、国の未来を担う若者です……。どうか、この老兵の首一つで……どうか……」


 それに対してノアクルは不敵に笑った。


「ふっ、貴様らは何を言っている。兵士としての役割を行っただけの者に、この俺が罰を与えるはずないだろう!」

「な、なんたる寛大なお心……我が王にも匹敵する器……!!」

「ふはははは! それにゴミ漁りをして不審者扱いをされるのは慣れているからな! アルケイン王国にいた頃は毎日だったと言っても過言ではない!」

「……」


 兵士と団長は、王の器に感動した心を返してくれという目をしていた。

 それに対してひたすら謝る保護者……もとい苦労人ローズであった。




 ***




「お久しぶりです、ラデス王」


 王城にある王の間。

 そこでノアクル一行と、白髭を蓄えた風格ある老人――ラデス王がいた。

 玉座に座るラデス王に対して、ノアクルは頭を下げるでも、膝を突くでもない。

 ディーロランド式の敬礼をしていた。


「ほほぅ、以前の幼き頃と比べてよくこの国を知ったようであるな」

「そこのローズに座学を死ぬほど仕込まれたので……」


 以前、外交の一環としてラデス王と謁見したときはアルケイン王国式のマナーで接していた。

 しかし、ディーロランド王国は崇める神が違う。

 この世界は海を収める神々が何よりも重視されていて、各国は随分と常識が変わるのだ。


 ディーロランド王国が信仰するのは、死と再生を司る海神ディロスリブ。

 ノアクルがした敬礼は、その神に捧げるものなのだ。

 ラデス王も、同じようにディーロランド式敬礼――左胸心臓の位置に手を刃として見立てたポーズを取る。


「さすがはアルヴァ宰相のご息女であるな。あの我の強かったノアクル王子をよくぞここまで……」

「な、なんか俺の昔の話題になりそうなので、早く本題に入りましょうか……」

「ガハハハハ! こちらの中ではまだまだ子どものままなのだがな! まぁ、退屈な手続きは早く終わらせてしまおうではないか。ほれ、この条約書にノアクル王子がサインをして終わりである」

「へ?」


 ノアクルはマヌケな声が出てしまった。

 今から両国が交渉して、どんな内容になるのかを決めるかと思っていたのだ。

 控えていた従者から渡された条約書を見ると、すでに両国の取り決めが書かれていた。

 それもディーロランド王国だけで決めたような偏ったものではなく、きちんと海上国家ノアの方にも配慮された内容だ。


「ラデス王、これは……?」

「実は前々から我が国とローズとはやり取りをしていてな。すでに通商航海条約の草案はできていて、すぐに内容を詰められたわ」

「お、俺……知らなかったんだが……」

「王というのはそういうモノだ。何事も一人でできるはずもなく、だがそれに甘んじすぎてもいかん。今は優秀なローズに任せるのもいいが、いつかは自らも理解できるようになるのだ」

「は、はい」


 ノアクルとしては、たしかにと思ってしまった。

 さすが一国の王であるラデス・オルク・ディーロランドの言葉は含蓄がある。


「――と、ローズに言えと頼まれてなぁ! がはははははは! こんな可愛い孫のようなお嬢さんに断れるはずもなかろうよ!」

「もうっ! ラデス様! それはバラさない約束ですわ!」


 王にむかってフランクに会話をしているローズを、ノアクルは『やりやがったな』という顔で眺めていた。


「今、ノアクル王子は良い人間に囲まれているようであるな! ああ、水面下で動いていたローズを責めてやるなよ。これ以上の負担を増やさないように、良かれと思ってやったことなのだろうからな」

「はぁ……。わかってますって……」


 ノアクルとしても気が抜けてしまった。

 何はともあれ、サインをして本来の目的を達成してしまった。

 それも驚くほどに順調に、友好的に。

 戦闘方面では役に立たないが、ローズはまさに海上国家ノアにとってチートである。

 さて――とラデス王が話を切り出してきた。


「ここからはノアクル王子に、個人的な頼みがある」

「頼み、ですか?」

のフランシス海賊団の逸話で有名な〝死者の島〟を発見した場合、これを調査してほしい」

「ふむ……死者の島……?」


 初めて聞く名前だったが、何やらとても大きな厄介事の雰囲気を感じていた。

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