乱暴なご挨拶

 以前、ジーニャスの父である大海賊フランシス・ジニアスが見つけた〝死者の島〟というものがある。

 しかし、不思議なことに彼以外はその島に辿り着くことができなかったので、半ば伝説と化していたのだ。


 ラデス王の話によると、その死者の島を目撃したという情報が最近になって出始めたという。

 目撃情報の地点はバラバラで、海軍が調査するも結果は出ず。

 そこでノアクルに依頼が回ってきたのだ。


「――と言っても、別に強制力があるわけでもないし、手がかりも少ないしな。猫の料理人ダイギンジョーを探すついででもいいだろう」


 ノアクル一行は城から出て、城門へと向かっていた。


「死者の島ですかにゃ~、懐かしいですにゃ~」

「お、もしかしてフランシスパパと一緒に島へ行ったことがあるのか?」


 ノアクルの期待を込めた質問に、ジーニャスはニャハハと力なく笑った。


「いや~、実は一緒に行ったかもしれないのですが、覚えてないんですにゃ~……。期待を持たせるようなことを言ってしまい、失礼しましたにゃ~」

「それだけでも充分だろう。何か思い出すかもしれないしな」

「父に聞いても何も答えてくれず……。うーん、あとは元副長が何かを知ってそうですにゃ」

「元副長?」

「フランシス海賊団の元副長、通称黒髭のトレジャン。ある日を境にフランシス海賊団を離れて、私掠船免状なしで本物の極悪海賊へ戻ってしまったというのを風の噂で聞きましたにゃ」


 フランシス海賊団や、ジーニャス海賊団は私掠船免状というものを持っている海賊である。

 これは無差別に船を襲うのではなく、国などが許可した船だけを襲うというものだ。

 一方、私掠船免状がなければ民間人の商船や港を襲い、何もかも略奪する海賊となる。


「ふーん、なるほどなぁ。そいつ――黒髭のトレジャンとも話せれば何かわかるかもな」

「にゃはは、止めておいた方がいいですにゃ。今では冷酷非道な海賊で――」


 刹那、後方から爆発音が響き渡る。


「城の方で何かあったのか!?」


 振り返ると、城の外壁が一部崩れていて、そこから男二人が歩いて出てくるところだった。

 何か事故があって逃げてきたのか?

 いや、違う。

 非常に落ち着いて歩いてきているのだ。

 まるで毎日行う仕事帰りのような。


「オレの噂をしていたようだな……?」


 片方の男が眼光鋭く睨み付けてきた。

 ドクロ柄の眼帯をしていて、鈍く輝くような赤眼が不気味だ。

 身長は190センチ程だろうか、異様に肩幅が広いのだが、それでいてスリムに見える。

 左手が義手で、右手にサーベル。

 ウェーブのかかった黒髪の上にはドクロの海賊帽、顔には黒い髭――


「もしかして、お前が黒髭のトレジャンか」

「ご名答だ……。どこの誰だかは知らんが、ジーニャスと一緒にいるのか」

「俺はノアクル、ただのゴミが好きな男だ」


 トレジャンの横にいるもう片方の男も、ジーニャスと知り合いなのか手を振ってきた。

 スラッとした背の高い体型、宝石のような眼をしていて、宝石のような角張った髪型。

 全身を派手な宝石で飾っている奇っ怪な人物だ。


「やっほ~、ジーニャスちゃん。おっひさ~。ジュエリンお姉ちゃんだよ~、覚えてるかなぁ~?」

「口調的に女……いや、どう見ても外見は男……」

「もう! 失礼しちゃうわね! でも、あらぁ……案外良い男じゃなぁい……」

「な、何か寒気が。虎にでも睨まれたかのような恐ろしさがあるな……」


 ノアクルは何か普段は感じない特異な視線に晒され、後ずさってしまう。

 しかし、背中をギュッと掴んで震えているジーニャスに気が付いた。


「どうした、ジーニャス?」

「トレジャンにジュエリン……。状況的に非常にまずいですにゃ……。もしかして、ノアクル様はわかってなくて――」

「いや、わかってるさ」


 ノアクルはいつもの表情をトレジャンに向け、それに対して彼は興味なさげに呟く。


「一仕事やってる最中でな……。宝物庫から宝を奪う、それと――ラデス王の暗殺」

「なっ!? ラデス王の暗殺ですって!?」


 突然の状況にローズが驚きの声をあげる。

 しかし、ノアクルはニヤリと笑みを浮かべるだけだ。


「へぇ、さすが海賊だなぁ。だけど、片方は阻止されるだろうな」

「ほう?」


 城の方でもう一度大きな音が響き渡った。

 それは王の間がある部分の壁が吹き飛んだからだ。

 その中からローブを羽織った人物と、スパルタクスが飛び出て来た。


「トレジャン船長、ごめん。失敗」

「コイコン、気にするな。メインディッシュである宝はすでにこちらのモノだ」


 コイコンと呼ばれたフードの人物。

 顔が半分隠れていてよくわからないが、とても中性的だ。

 体型も小柄で、声も高く性別はわからない。

 金と銀のオッドアイが光り輝いているのが印象的だ。


「スパルタクス、お前がいなくなっているから何かあったとは思っていた」

「僕、変な気配を感じた。追いかけたらラデス王が襲われていて助けた」

「さすがだ、あとで褒美をもらえそうだな」


 タイミング的に気が緩むラデス王を暗殺しようとしても、野生の勘を持つスパルタクスは欺けなかったのだろう。


「さて、このまま逃がすわけにもいかない流れだが?」

「ふっ、このオレを止められるのは〝アイツ〟だけだ。なぁ、ジーニャス?」

「ひっ!?」


 トレジャンの狂気を帯びた瞳に睨まれ、ジーニャスは縮こまってしまう。

 ノアクルといえど、なかなかにお目にかかれない危険人物のようだ。


「んもう、隙だらけよジーニャスちゃん!」


 ジュエリンが何かを投擲してきた。

 目標はジーニャスだ。

 複数が弧を描くような不思議な軌道で飛んできていて、ジーニャスへ命中する結末しか見えない。


「にゃー!?」


 投げられた物は宝石で、瞬く間にそれらが爆発した。


「大丈夫か?」

「は、はいですにゃ……」


 間一髪、ノアクルがゴミ捨て場で拾っておいたゴミを素材に、スキル【リサイクル】の障壁を作ってガードしていた。

 舞い上がる砂ぼこり。

 その間に彼らは逃げるつもりだろう。


「スパルタクス!」

「わかってる……!」


 すでに凄まじい瞬発力で砂ぼこりを突破していて、その先にいるトレジャンに突撃するスパルタクス。

 岩をも砕く渾身の右ストレートが撃ち放たれる。

 しかし――


「その程度のパワーか? まるでゴミだな。だが安心しろ、オレは宝しか奪わない」


 トレジャンの左手――義手の左ストレートで拳と拳が打ち合わさったのだが、スパルタクスは力負けして弾かれた。


「ぐぅッ!?」

「大丈夫か、スパルタクス!?」


 ノアクルは彼の元へ駆け寄ったが、身動きが取れないほどにダメージを受けているようだ。

 その間にトレジャンは遠ざかっていく――


「待て、トレジャン!」

「オレたちと再びやり合いたきゃ、死者の島でも探すんだな」


 ――ただ一つの言葉を残して。

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