幕間 海の上のお風呂事情2
「んんッ、こほん。俺の愛するゴミ共よ! よく来たな!」
一応は完成した大衆浴場の中で、ノアクルは支配者のポーズを取りながら声高らかにセリフを放つ。
全裸で。
「ふむ、こんな感じで迎え入れてやるのが良さそうだな」
幸いなことに、まだ男湯の中にはノアクルしかいなかった。
住人からしたら、自分の住んでいるところの長が風呂で待ち構えてフルチンでこんなことを言ってきたらリアクションに困るだろう。
「お、足音が聞こえてきたな。招いた客の誰かがやってきたか」
――しかし、ノアクルは気にしない。
古今東西、王の器を持つ者はどこかしら頭がおかしいのかもしれない。
「俺の愛するゴミ共よ! よく来たな!」
「うわっ、兄弟! んな格好で何言ってんだ!?」
男湯に入ってきたのはトラキアだった。
ビクッとして、全身のモフモフ体毛を逆立たせる勢いだ。
「ふふん、全裸でも俺はノアクルだ! 何も変わらない!」
「たしかに最近はローズ様から縛られてただけで、普段からこんなのだったぜ……やべー奴ってことを忘れていた……」
トラキアはやれやれと真人間――いや、獣人だが――なリアクションをして、律儀に身体を洗い出した。
「お、石鹸の種類増えたか? 獣毛用石鹸ってあるぜ」
「ああ、パルプタに毛艶を良くするペット用のが大量にあったからな! 持ってきてみたぞ!」
「ペット用かよ……。まぁ、たしかに良い感じに洗えるけどさぁ……ペット用かぁ……」
「ちなみに女湯にはレアな高級貴族獣人用の石鹸やシャンプー、トリートメントなどを設置してある」
「男湯と女湯の格差すげぇな!」
文句を言いながらも、石鹸を流してツヤッツヤの毛艶になったトラキアが湯船に入ってきた。
「ふぃ~……極楽極楽ゥ~ゥ……」
ノアクルもずっとしていた支配者のポーズを止めて湯船に浸かった。
「何となく獣人は水浴びだけで風呂に入らないイメージがあったが……」
「おっ、兄弟。それは個体差が大きいぜ。オレ様やレティアリウスの姐さんは綺麗好きだし、逆にスパルタクスの旦那は毛が濡れるのを嫌がったりする」
「ほう、色々とあるのだな」
何やらトラキアがキョロキョロとしているのに気が付いた。
「どうした?」
「い、いや、女の子が入ってこないかな~ってな……。ローズ様はさすがに若すぎるが、ここにゃジーニャスやムルと綺麗どころがいるじゃねぇか!」
ノアクルは首を傾げた。
当たり前だが、トラキアは獣人だ。
しかもジーニャスのように人間に近いタイプではなく、全身が体毛に覆われていて、頭部の骨格も犬に近い。
「混浴ではないから女性は入ってこない。……というか普通、同種の女性が好きなのでは?」
「かーっ! 兄弟、そんなんじゃ世界の視野が狭すぎるぜ! オレ様はかなり旅もしてきたから、全身毛だらけじゃない奴も大好きだぜ!」
「ほう、やはり色々あるのだな……。ほれ」
「ほれって、なんだよ? 腕を見せてきて」
「ふっ、俺も毛が無いぞ」
「ツルツルスベスベでも、お前はちょっとなぁ……」
「ふはは! 冗談だ! ちょっと美肌を自慢したかっただけだ!」
何だコイツ……という目でトラキアが見てきたが、ノアクルは気にしない。
久しぶりにノンビリと湯船に浸かっていると、次の招待客がやって来たようだ。
ノアクルは急いで湯船から出て、支配者のポーズを取ってセリフを叫ぶ。
「俺の愛するゴミ共よ! よく来たな!」
「うわ……兄弟……。それ全員にやるつもりかよ……」
しかし、招待客はそれどころではなさそうだ。
「僕、やっぱり帰るよ……」
「こらこら、もうここまで来たんじゃから諦めるのじゃ」
それはスパルタクスと、その手の平の上に乗っているアスピだった。
普段は大きく見えるスパルタクスだが、なぜか今だけは震える仔犬のように見えてしまう。
「そういえば、トラキアがさっき言ってたな……スパルタクスは毛が濡れるのを嫌がると……」
スパルタクスは必死にコクコクと首を上下に振って、風呂から逃げるような姿勢だ。
「さすがに嫌がることをしなくてもいいんじゃないか。別に風呂に入らなくても死にはしないだろう」
そうやって助け船を出したノアクルだったが――
「それもそうはいかんのじゃ。ローズ嬢の頼みでな。『スパルタクスをモフりたいから死んでもお風呂に入らせるのですわ』と……」
「諦めろスパルタクス、ローズ相手じゃ俺でも無理だ」
「い、いやだあああああああああああああ!!」
「スパルタクスの旦那の情けないところなんて、オレ様は見たくなかったぜ……!」
ノアクル、トラキア、それと人化したアスピによって取り押さえられ、スパルタクスは全身を綺麗にされたあと風呂に投げ込まれた。
「ほっほっほ、よい子は真似しちゃダメじゃぞい」
「誰に言ってるんだ、アスピ」
***
実は壁の向こう側で、その場にいないムル以外の女性陣たちも話を聞いていたのであった。
「男湯、すっごくうるさいにゃ……」
「う~ん、毛艶が素晴らしいわね。さすが高級貴族獣人用……」
「これで新品スパルタクスをモフり放題ですわー! ……って、何か熱くないですか?」
「うぎゃー! グツグツと茹だってるにゃー!? 熱湯の海であの世へヨーソローとかシャレにならないにゃー!?」
「あ……あら、アタシはこのくらいの温度でもいけるわ……よ?」
――こうして、大衆浴場のテストによって温度調整のミスが発見され、その後は住人から親しまれる憩いの場となっていった。
湯船から這い出てきて、全裸で打ち上げられた魚のようになっていたメンバー七人の貴い犠牲は忘れてはならない。
――――――――
あとがき
せっかくのお風呂回なのにえっちな感じにならない!!!! なぜ!?
人気が出て運良く書籍化したら、きっと神イラストレーターさんが、神お色気絵でカバーしてくれるに違いない!!
そんなわけで応援よろしくお願いします!
執筆のエネルギーとなるので★★★とフォローをお願いします……!
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