模擬戦、海賊VS海軍
「ありがとうございます、アスピ様」
「うむうむ。ワシに様を付けてくれるのはジーニャスくらいじゃな」
そこには模擬戦の海域に辿り着き、イカダからゴールデン・リンクスの船体へ乗り移るジーニャスの姿があった。
「大地の加護がかかったイカダで移動すれば船酔いせずに済みましたにゃ!」
「俺のアイディアに感謝するんだな」
船酔いがひどいジーニャスは、普通ならこの海域に到着するまでに限界近くになってしまう。
だが、陸地からは大地の加護がかかったイカダで移動して、目的の海域に到着してから乗り換えれば一時間はフルで戦えるのだ。
「はいですにゃ! 何から何まで、ノアクル様のお世話になりましたにゃ!」
「ふんっ、俺は俺のためにやっているだけだ」
「……もしかして、照れてますかにゃ?」
「そ、そんなわけないだろう! まったく、あとはジーニャス――お前と海賊団の実力次第だ。過去の因縁にケリを付けてこい。そして……終わったら例の話も考えておけ」
「了解ですにゃ! では行ってきます! ――Ahoy,matey(おい、愛すべき野郎共)! 錨を上げろ!」
「「「「Aye|(アーイ)!!」」」」
「帆を張れ!」
「「「「Aye-aye,cap’n(任せろ、船長)!!」」」」
「出航ですにゃー!! Yo-ho-ho|(ヨーホーホー)!」
海賊言葉で指示を出す彼女の姿は、もう立派な船長に見えた。
***
一方、模擬戦の相手となる船の中で、海軍学校永遠の次席――船長ミディ・オクラが律儀に戦闘開始を待っていた。
彼としてはジーニャスが船を乗り換えるタイミングで攻撃してもよかったのだが、どうやら今回はイカサマ勝負ではなく、本物の海賊相手に戦えると陸からの通信魔術で聞いて敬意を表していたのだ。
「前回のようにつまらないイカサマ勝負をやらされるかと思ったが、どうやら今回は首席ジーニャスがうまくやってクルーを海賊にしたようだな。まぁ、ルールとしては彼女がゴールデン・リンクスに乗るという条件以外ないからな。問題はない。むしろ伝説の海賊クルー相手に戦えることを光栄に思う」
船長ミディは優秀で、本来なら首席の位置にいるはずだった。
しかし、それはジーニャスによって呆気なく阻止された。
どんなに勉強や訓練をしても、年下の少女に追いつくことができないのだ。
境遇としては猫獣人ということや、海賊の娘として周囲から見下されているところはあったのだが、ミディはその実力に敬意を表していた。
「伝説の海賊クルーと、その船は素晴らしい……いや、正確に言うと〝素晴らしかった〟だろう。そのどちらも時代遅れだ」
艦長ミディはニヤリと笑みを浮かべる。
「この船はゴールデン・リンクスと同型艦――正確には経年劣化による歪みなどもない新品だ。性能は数十年も使っているゴールデン・リンクスとは比較にならない。それに伝説の海賊クルーとはいえ、すでに船と同じでロートルだ。最新知識を持つ若い俺たちに敵うはずがない」
そうしていると模擬戦の開始時刻になった。
艦長ミディは指示を出す。
「では、打ち合わせ通り、
古代文明では砲を使っていたのだが、現在ではとても重くて巨大な杖に単一の術式を組み込んで大砲のようにしているのだ。
「同型艦なら射程も同じはず……と向こうは思っているだろうな。だが、こちらは有利な風上に位置している」
短距離の攻撃魔術ならまだしも、船と船同士の長距離魔術を放つ場合は風の影響も少なからず受ける。
他にも帆を使って好きなタイミングで相手に突撃することもできるため、現代の海戦では風上が有利だと言われているのだ。
「戦いとは準備段階で、すでに勝敗が決まっているのだよ。首席ジーニャス……いや、元首席ジーニャスとなるだろうな。これからは僕が首席ミディ・オクラだ!」
ミディと、成績優秀なクルーたちの手によって
三、二、一……撃てーッ! という艦内通信が響き渡る。
「訓練用の着色魔術ではなく、実戦用の投石魔術か。ウォッシャ大佐め……今回も掌杖長に賄賂でも送ったか。せめてジーニャスの船には苦しまずに沈んでもらって――なに!?」
望遠鏡を覗くミディは我が目を疑った。
計算し尽くされた射程のはずが、なぜかゴールデン・リンクスの手前に落ちているのだ。
訓練を重ねた海軍学校のトップたちが、こんなミスをするはずがない。
「み、ミディ艦長! 風向きが……風上から風下へと急激に変化しています!!」
「どういうことだ!? まさか、ジーニャスの奴は――」
***
ゴールデン・リンクスの甲板でジーニャスは海賊スマイルを浮かべていた。
「甘いにゃ、ミディ君! 私は天才にゃ! 風、波、香り、湿度、雲、空を飛ぶ鳥の動き、それにお父さんからの経験から、これくらいは秒単位で先読みできるのにゃ!」
ジーニャスは片手を大きく振り上げ、敵艦へと向けた。
「風上のこちらからは一方的に届くはず! 三、二、一……撃てにゃーッ!!」
今回は着色魔術だったが、本来の攻撃魔術だったら相手のマストが折れて帆を張れなくなり、機動力はガタ落ちしていただろう。
敵艦もそれに合わせて、帆をたたんだ状態になった。
「ミディ君は律儀だにゃ~。それじゃあ、射線を避けて回り込みつつ魔術を放ち続けるにゃ!」
海賊たちの見事な操船技術によって、帆は風を大きく掴み、水面を滑るように進んでいく。
それは明らかに敵艦よりも卓越したものだった。
敵艦は杖が付いている方向を向けられずに、一方的に着色魔術に蹂躙されていく。
艦長であるミディにベッタリとピンクの着色がなされたところで、敵艦は白旗を揚げて降伏してきた。
模擬戦の勝利が決まったのだ。
それを見て、ゴールデン・リンクスは敵艦に接舷する。
ジーニャスとミディは大声なら意思疎通できる距離だ。
「憎きジーニャス! お前の船強すぎるだろ! 古い船のクセに新品みたいな動きをしやがって、どんな手品を使ったんだ!」
「にゃはは! 通りすがりのポセイドンのおかげにゃ!」
「それにロートル海賊をクルーにしたと思ったら、そっちも全然衰えてないじゃないか……。まぁ、憧れのフランシス海賊団に負けたのならしょうがないか」
「チッチッチ、今はもうフランシス海賊団じゃなくて、ジーニャス海賊団にゃ! ところで、一つ言いたいことがあるにゃ」
「なんだよ、首席様のご高説かよ」
「なんで、私が船へ移動するタイミングを狙わなかったのにゃ? ウォッシャ大佐辺りなら、そこを狙ってくると思ってたにゃ」
「僕はウォッシャ大佐じゃなくて、次席のミディ・オクラだからな。そんなところがチャンスだとは気が付かなかったよ。海軍学校卒業おめでとうだ。じゃーな……首席。元気でやれよ」
ミディは不機嫌そうながらも、ビシッと敬礼をした。
ジーニャスは少し驚いた顔をしてから、涙目になって同じように敬礼をした。
「ありがとうございますにゃ、先輩!」
海軍学校生徒、海賊のクルー両者から拍手が送られた。
これで一連の騒動は終幕――かと思われたそのとき――
「艦長! 大型艦とその護衛らしき船たちが向かってきます!」
その報告と同時に、ミディの船の土手っ腹に大穴が空いた。
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