海賊少女の昔語り

 少女が最初に覚えているのは、偉大なる父の背中だ。

 多くの海賊船を従える正義の大海賊――フランシス・ジニアス。

 その旗艦であるゴールデン・リンクスがジーニャスのゆりかごだ。


 ……と言いたいところだが、船酔いのせいで一時間くらいしか乗れないので、ゆりかごという表現は到底できない。


「おとーさん! きょうも、せいぎのかいぞくをしてくるの?」

「ああ、ジーニャス。それがこの私掠船免許を託された艦隊〝海の猫〟の役目だからな」

「よくわからないけど、かっこいー! わたしもしょーらい、おとーさんみたいなだいかいぞくになる!」

「ハハハ! 海賊なんて、そんなに格好良いものじゃないぞ!」

「おかーさんに、にげられちゃったから?」

「う……」


 ちょっと情けないところもあるが、ジーニャスは父が大好きだった。

 アルケイン王国の海域を守護し、国王からも『我が海賊』とまで呼ばれるほどだ。

 妻に逃げられたくらい、どうってことはない。

 ……フランシス本人はとても気にしているようだが。


 猫獣人と人間の血が入り交じったジーニャスだったが、船員たちにはとても可愛がられた。

 海賊としての知識を色々と教えてもらい、ジーニャスはそれをすぐに覚えてしまう。

 それはまるでスポンジが水を吸収するかのようだった。

 大海賊フランシス曰く――


「その名に違わない天才が生まれちまったな……」


 とのことだ。




 そして、時が経ち――海域にゴミが溢れてきた頃だ。


「普段から古代文明のゴミは多かったが、最近は日常品も異常な量が流れてくるようになったな……。いったいアルケイン王国はどうなっちまったんだ。……次に港へ寄ったら、国王へ謁見を申し込む必要があるかもしれない」

「おとーさん、どこかへいっちゃうの?」

「ハハハ! 心配するな! まぁ、国王のご機嫌を損ねちまったら、海賊になっちまってるかもしれないがな!」


 その言葉に、ジーニャスはクスッと笑った。

 父親のこういう冗談が好きだった。

 だが――冗談とはならなかった。


 フランシスは王都へ向かう途中で行方不明となり、帰ってこなかった。

 これによって〝海の猫〟は解散、フランシス海賊団のゴールデン・リンクスも使用禁止となった。

 私掠船免許は娘のジーニャスへ引き継がれる方向になったのだが、使用するには条件があった。


 十五歳の誕生日までに海軍学校を首席で卒業することだ。

 一見、それは不可能に思えた。

 海軍学校へ入学するにはハイスクールの卒業資格がいる。


 その時点で十五歳は過ぎているのだ。

 そして海軍学校の卒業までは通常、四年はかかる。

 つまり――実質的に私掠船免許は取り消されると宣言されたようなものだ。


「私は将来……絶対にお父さんみたいな大海賊になるんだ! その日まで絶対に泣かない!」


 それからジーニャスは猛勉強をした。

 十三歳でハイスクールを飛び級で卒業して、海軍学校へ入った。

 周囲からは獣人だとか、汚らわしい海賊の娘だとか、それはそれは差別と侮蔑の目で見られ続けた。


 それでもなるべく卒業できるように耐えて、愛想を振りまき、人が嫌がることを率先してやり、悪い噂になりそうなことを一切排除した。

 勉強や訓練も人一倍した。


 ついには十五歳目前で座学は首位、これなら飛び級で卒業ができると思っていた。

 しかし――最後の実技で船酔いという壁が阻んできた。

 それでも成績が優秀ということで、校長であるウォッシャ大佐が条件を出してきたのだ。


「では、チャンスをやろう。ジーニャスくんがご自慢の船……ゴールデン・リンクスで一対一の模擬戦を行う。それで勝利したら卒業を認めよう。ただし……十五歳までに卒業できなくて、私掠船免許が取り消しになった場合、正義のフランシス海賊団はただの海賊となり、この島から退去。集めたという宝も接収させてもらおう」


 不利な条件だが、勝てる可能性はあると思っていた。

 どうせこれしか道は無いのだから、ジーニャスは条件を呑むことにした。


「模擬戦を行う海域までの距離は三十分……残りの三十分で倒せば船酔いは問題はないはず……。お父さんのゴールデン・リンクスの機動力ならできる……」


 そう思っていた。

 ところが、それは甘い考えだった。

 模擬戦の直前、ジーニャス側に配属された海軍学校生徒たちが小舟で脱出し始めたのだ。


「そんな!? どうしてだにゃ!?」

「悪いなジーニャス。お前のことは獣人にしてはやる奴だと思ってたけど、俺たちは強い方に付くって決めたんだ」

「ま、待って!! 船は一人じゃ動かせ――」


 ほどなくして、相手の船から魔術による攻撃が始まった。

 この時代は魔術による遠距離攻撃が海戦の主流になっていて、訓練では色を付着させるものが使われるのだが、今回はなぜか本物の攻撃魔術が放たれてきている。


 ゴールデン・リンクスの船体は何とか耐えるも、その姿はボロボロだ。

 まるで愛娘を必死に守る父のように思える。

 最後にダメ押しとばかりにスケルトン召喚魔術を打ち込まれ、ジーニャスの乗るゴールデン・リンクスは海に放置されたのだった。




 ***


「ゆ……」

「ゆ?」

「許せねぇ! ウォッシャの野郎!」


 ベッドに座っていたノアクルは、拳をギリッと握りしめて立ち上がった。

 それを見たジーニャスはビックリしてしまう。


「お、落ち着いてください! 悪いのは考えの甘かった私で……」

「こんなもの、落ち着けるか! 悪いのはウォッシャの野郎だ! 船員たちが逃げ出したのも、裏でアイツが仕組んだことだろう!」

「……今思うと、そうかもしれないですね……」


 一応は学友であった者たちに海で裏切られたことを思い出して、ジーニャスはシュンとしょげてしまう。

 猫耳もぺたんこだ。


「私……ノアクルさんが言う使えないゴミってやつですね……」

「ああ、そうだな! 今のお前は使えないゴミだ!」

「あはは……そうハッキリ言ってくれた方が気が楽です……」

「今の諦めて、反撃の気持ちすらないお前は使えないゴミだ! 悔しくはないのか? お前の大好きな父親を侮辱され、船を壊され、海の男とは思えないウォッシャにいいようにやられて……!」


 ジーニャスは堪えていたはずの涙を溢れさせていた。

 無理に笑みを見せて、指で拭っても止めどなく流れでてくる。


「あれ、おかしいな……泣かないって決めたのに……」

「悔しけりゃ涙くらい出るだろ」

「私……悔しいんですかね……」

「ジーニャス、お前はどうしたい?」

「わからない……でも、ノアクル様に迷惑はかけたくない……」

「はぁ? 迷惑だぁ? 俺はゴミを拾うのが趣味な男なんだぞ? ただし、俺は使えるゴミが好きなんだ。捨てられようとも、地べたで泥水を啜ろうとも、『まだ俺は戦えるぞ』と主張するような使えるゴミが好きなんだ」


 ノアクルは、ジーニャスの顔を間近で覗き込む。


「お前はどっちだ?」

「私は……」


 その目には、まだ海賊の矜持が宿っていた。

 それは父親から受け継がれた宝だ。

 世界一美しい、キラリとした宝石ひとみがノアクルを映す。


「まだ私は戦えます!」

「それならお前は、俺が好きなゴミだ。最高のリサイクルをしてやる」


 ノアクルは王者に相応しい笑みを見せた。

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