ムル・シグ登場

「うおぉ……これはヤバい……」


 ノアクルは、ハーピーに関する知識を思い出していた。

 過去に存在していたという伝説に近い幻想生物だ。

 一見、獣人や魔族などに分類されてもいいような六枚羽の外見をしているが、伝承では天からの使いとも言われているのだ。

 だが、その自由奔放さが相まって、気分次第で暴れ回って人間の村を壊滅させたという話もある。

 一歩間違えれば即バッドエンドコースだろう。


「な、なぁ……アスピ……。お前の力でなんとかならないか……?」

「無理じゃのぉ。信仰パワーが足りん」

「いや、大丈夫だ! お前ならできる、なんたって亀だからな!」

「え、ちょっ、ワシを掴んで何を……馬鹿なことは止めるのじゃー!?」


 ノアクルはアスピをボールのように扱い、ハーピーに向けて投げつけた。

 見事な剛速球――打ち返された。


「ノアクルお主覚えていろよぉー!」

「くそ、亀ではダメだったか……!」


 ポチャンと海に落ちるアスピは放っておいて、やはり身体能力が高そうなハーピー相手に力ではどうすることもできなさそうだ。

 暴力はすべてを解決すると言っていた偉人もいたが、どうやらパワー不足だったようだ。


「くっ、ハーピー! お前の望みはなんだ!? 金か!? このイカダには金はないぞ!」


 ハーピーは首を横にふるふると振った。


「お、言葉がわかるのか……」


 コミュニケーションが取れると知ってホッと一安心した。

 少し落ち着いたので、ハーピーの姿を観察してみる。

 身長はノアクルより低いので170センチくらいだろうか。

 美しい顔立ち、ナイスバディで水着のようなものを纏っている。

 ――と、ここまでなら一般的に魅力的な女性といえるだろう。

 しかし、彼女はハーピーだ。

 両手は人間の腕ではなく、大きな翼となっている。

 しかも欲張りなことに、背中と頭からも翼が生えていて、六枚羽の仕様だ。

 髪も翼も真っ白で、どこか高次元な天使をイメージさせる。

 ちなみにずっと金色の鳥目で注視されているので怖い。


「それ、気に入った」

「ハーピーが喋った!? しかも指差してるのは俺!?」


 ノアクルはビクッとしてしまう。

 ハーピーが喋ったのもそうだが、その指先がノアクルの方を指し示していたからだ。


「お、俺を狙っているということか……!? 美味しくないぞ!? いや、もしかして男としての俺を気に入ったという線もあるか……? あるな……」

「違う~、その後ろ~」


 後ろと言われて、ノアクルは振り返った。

 そこには作ったばかりのハンモックが揺れていた。


「……このハンモック……を……気に入った?」

「うん~」

「えーっと……」


 状況があまり理解できない。

 なぜ、幻想生物の恐ろしいハーピーがノアクルのイカダにやってきて、しかもハンモックを目的にやってきたのだ。


(もしかして……油断させて殺すという行動を狙ってくるのかもしれない。現にアスピはやられてしまった……)


 どうするか悩むノアクル、あといつの間にかイカダに上がってきて恨みを込めて睨み付けているアスピ。


「お主、ワシをいきなり投げつけおったな……」

「よし、俺は最初から平和的にいこうと思っていたんだ。そこのハーピー、このハンモックを使わせてやろう!」

「わ~い、ハンモック~。寝るの大好き~」


 とても恐ろしい幻想生物とは思えないのんびりとした口調で喜び、ハーピーはハンモックに寝そべった。

 笑顔でゆらゆら揺らしたりして楽しんでいるようだ。


「俺の手腕ですべて解決だな!」

「お主、ワシを投げつけたな……」

「さて、これで何も問題はなくなった……いや、重大なことがあったな。俺の寝る場所がなくなってしまった。今度はハンモックよりすごいフカフカのベッドを作るか……」


 それを聞いたハーピーは耳ではなく、頭の羽をピクッと動かして反応した。


「これよりすごいのを作れるの~!?」

「ああ、今はまだ無理だけど、いつかな!」

「決めた~。アタシ、ここを巣にする~」

「……は? 巣ってことは、住むってことか?」

「うん~」

「そ、そうか。ようこそ、海上国家ノアへ! 二人目の国民として歓迎しよう!」


 どうやら成り行きでこうなってしまったが、ヘタに追い出すと大変なことになりそうな気もするので受け入れることにした。

 このハーピーに関するプランは一切なく、一国一イカダの主として内心ビクビクだが、堂々としているように見せることにした。


「ワシを投げつけたことをまず気にしろ……」

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