第42話 ホットケーキⅡ

「パパー、ねえ、パパー?」


「んー?果慧、ほらこれ凄いだろー?ほーら、面白いだろー?」


「パパってば!聞いてる!?」


キッチンで後片付け中の冴梨が目くじらを立てて、リビングに向かう。


リビングで愛娘の果慧をあやしていた亮誠が、冴梨の声にようやく気付いた。


「え?なんて?」


「さっきから呼んでるのにっ」


「悪い悪い、果慧と遊んでたんだよ、なー?」


「うー・・・あー!!」


おもちゃの人形を振り回しながら朱梨の気を引く亮誠は、娘を構う事に必死で冴梨の方を見向きもしない。


「果慧はこっちの人形のほうが好きかー?これはパパが買って来たやつだぞー?そっちのはばーばの。パパの人形が一番面白いだろー?なー?」


音が鳴る人形を果慧の前にかざして必死の亮誠を睨みつけて、冴梨が盛大に溜息を吐いた。


「さっきから話してるのに、かえ、果慧ってそればっかり!あたしはねー、果慧の面倒見ながら家事してるの!たまにはあたしの話も聞いてよ!」


「ちゃんと聞いてるって。返事しなかっただけで怒るなって。ほらー、お前がそやってピリピリすっから、果慧がむずがるんだろ?なーかーえー?」


ママの不機嫌を察知した果慧が不思議そうな顔で両親を見つめる。


「ピリピリさせてんのそっちでしょお!?亮誠は帰ってきたら、1も2もなくかえちゃん!だし!!」


「拗ねるなって。お前のこともちゃんと考えてるだろ?」


「拗ねて無い!まるであたしが悪いみたいに言わないで!あたしは怒ってるの!あたしの気持ちが亮誠に全然伝わってないから!!」


「気持ちって?」


果慧を抱いたままで亮誠がげんなりと問い返して来る。


面倒くさそうな表情がありありと見て取れる。


「それは・・・」


「お前もさぁ、1人で怒る前に言やいーじゃん?話し聞いて欲しいとか、自分は後回しにされてるとか、あれこれ言い回し変えてみせても、結局お前が言いたい事はひとつ。”あたしの事、もっと構って”だろ?違うか?」


「・・・っ!」


あれほど憎らしいと思っていたのに、簡単に図星を突かれて冴梨が何も言えずに黙り込む。


この間まで”一番”だった自分が後回しにされて、寂しかっただけ、なんて。


「そんな訳ないでしょ!!」


亮誠の腕から果慧を取り返すと、冴梨はリビングから飛び出した。


「かえちゃんは、あたしがお腹痛めて産んだ子なんだからね!!」


「は!?おい、冴梨!」


「ついて来ないで!」


慌てて立ち上がった亮誠を遮るように、階段を駆け上る音が聞こえて来る。


玄関に向かったのではないと知ってホッとする。


あのまま飛びだされたらそれこそ、パニック状態の冴梨が事故にでも遭いかねない。


2階の果慧用のベビールームのドアが開く音がする。


ドアの開閉でメロディが鳴るようにしてあるのだ。


バタンとドアが閉まり、家の中は一気に静かになった。


「ついて来ないでって・・・」


ひとり残された亮誠は、リビングを見渡して溜息を吐く。


海外出張で4日ぶりの我が家と愛娘に浮かれていた事は認める。


確かに、帰るなり果慧と遊ぶ事を優先させたけれど。


そんなに怒るなんて・・・


ふいにキッチンに視線を送って、亮誠はある事に気付いた。



☆★☆★



果慧を遊ばせて寝かしつけた後、しばらくは寝顔を眺めていたが、だんだん閉じこもっているわけにもいかなくなった。


これ以上拗らせるわけにはいかない。


亮誠は出張帰りだったのだ。


もう少し優しい態度を取るべきだった。


ちゃんと、分かってたのに。


”構って””あたしを抱き締めて”


誰にも気付かれないと決めつけていた本音が綺麗に亮誠に拾われていた事。


どうしても認められなかった。


せっかく二人で楽しく遊んでいるんだから、見守ってあげよう。


なんて、大人のフリして。


だんだん寂しくなって、亮誠の事を呼んでみて。


それで返事が無いから、どうしても許せなくなって、結局1人で怒って。


楽しく過ごしてるかえちゃんを無理やり連れて部屋に籠るなんて。


自分の態度があまりにも子供過ぎる。


こんなんじゃ、亮誠が呆れても当然だ。


”ママも入れて”


って混ざれば良かったのに。


子供産んだって何にも変わってない。


全然成長してない。


今更こんなどうしようもない我儘言って。


亮誠を困らせて。


折角の週末なのに、こんなじゃ最悪だ。


果慧の無邪気な寝顔を見ていたら、じわじわと涙が浮かんで来た。


こんなに可愛い娘を授かって、幸せなはずなのに、一番大好きな人に優しくなれないなんて。


ママとしても、妻としても失格だ。


逃げ出したい気持ちを必死に堪えて、部屋を出て、リビングに戻ってみると、何だか焦げくさい匂いが漂って来た。


怒りにまかせて飛び出したけれど、コンロの火は付けっぱなしにはしていない筈。


何事かと足早にキッチンに向かうと、亮誠がフライパンを振っていた。


「な・・・何やってるの!?」


イライラもごめんねも吹っ飛ばして冴梨がキッチンに飛び込む。


「何って・・・ホットケーキ」


「え・・・?」


「おやつに食べようと思ってたんだろ?


気付いてやれなくてごめん」


「それは・・・」


俯いた冴梨が、慌てて亮誠の手からフライパンを奪い取る。


「あたしが悪いから・・・何で先に謝っちゃうの?亮誠悪くないでしょ?」


「冴梨の気持ち考えなかった俺が悪いよ。俺が、お前の事呼んでやればよかった。ごめんな?」


「ううん・・・いいの・・・あたしこそ、ごめん」


首を振って、膨らんできたホットケーキを器用にひっくり返す。


「さすがだなぁ」


「これ位普通だよ。あ、それー?焦げくさい匂いの原因は・・・」


「お前の事だけ思って、焼いたんだよ。でも、難しいなぁ、コレ。あっという間に膨らんでちょっと目ぇ離したら、焦げてた」


「ホットケーキはすぐ焼けるからね」


今度は綺麗に焼き目のついたホットケーキを新しい皿に入れて行く。


冴梨の手つきを眺めながら、亮誠が小さく笑った。


「目ぇ離したら駄目だったんだよな」


「うん?」


「お前の事、ちゃんと見てなきゃ駄目だった。俺の仕事なのに、果慧の事ばっかり気にかけてごめん。でも、お前の事どうでもいいと思って何かないよ。むしろ、果慧も俺も、冴梨がいないと困るから・・・」


亮誠が冴梨の手をフライパンから離した。


潤んだままの瞳を覗きこんで穏やかに笑う。


「ホットケーキ食って、機嫌直して?」


「焦げたやつ?」


「冴梨の事だけ考えたから。めちゃくちゃ甘いと思うよ?」


「ホントに?」


「確かめてみれば?」


冴梨の頬にキスをして亮誠が笑う。


不安そうな冴梨が焦げ目のついたホットケーキの端を指で千切って頬ばった。


それから、目を丸くする。


「あっま・・・コレ、うちの味じゃないよ?」


「冴梨用って言ったろ?砂糖入れたから」


「やりすぎ!こんなに甘かったらそりゃ焦げるわよ」


呆れた顔で言った冴梨を抱き締めて亮誠が笑った。

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Sweetie! 私の年上王子様 ~マテリアル・Realize スピンオフ~  宇月朋花 @tomokauduki

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