第41話 ナツノオワリ 篠宮さん家
「えー旅行?お前んとこと?」
「いや、正確にはうちと、浅海さん家。それから、桜ちゃんと、冴梨ちゃんの友達カップル。ほら、店手伝ってる、佐久間さん?」
「ああ、絢花ちゃんな、知ってる」
「そうそう、彼女と、その彼氏」
「あのさつき病院の跡取り息子かー」
「良く知ってるな」
「まあ、冴梨の周りのメンツの事は大抵頭に入ってるから。んで、ほかには?」
「後、幸さんの友達夫婦にも声をかける予定。仕事で面倒掛けた子がいるからね、罪滅ぼしの意味で」
「えらく大がかりだな、オイ」
珍しく電話をしてきたかと思えば、家族ぐるみで旅行に行かないか、と言われて亮誠は面食らった。
篠宮夫妻の
少しも目を離せないやんちゃ盛りで、男の子顔負けの元気娘で冴梨は毎日子育てに追われていた。
たまに暁鷹と遊ばせても、果慧が泣かせてしまう事の方が多い。
万一、将来暁鷹が女性恐怖症になったら、うちの子のせいかもしれないと亮誠は内心心配していた。
そんな暁鷹はというと、優しくしてくれる桜に夢中で、真剣に桜と結婚したがっているというから笑える。
その度、大人げなくやり返す昴を見て、一鷹と幸と桜が呆れているのだとか。
「幸さんたってのお願いだからさ」
「出たなー必殺鶴の一声!」
「いや、本気でやられた。あの顔でお願いって言われると、断れない」
「ばーか。今更惚気かよ」
「だって参るよ。あのひとどんどん綺麗になるんだ。妊娠すると、妻に対して愛情が無くなるとか聞くけど、あり得ない」
「あーそうかよ」
バカバカしくなって、電話を放り出してやろうかと思ったが亮誠は何とか堪えた。
妻の親友とその姉同然の夫婦が呼んでいるとなれば、冴梨は迷わず参加表明をするだろう。
ここ最近、果慧に振り回されて、趣味で始めたケーキ屋を休業しがちな冴梨だ。
このあたりで気分転換させてやるのもいいかもしれない。
「で、勿論来てくれると思っていいよな」
「んーそうだな。仕事は、まあ、なんとかするか」
ここで動かないわけにいかない。
多忙なのはお互いに言わずもがなだ。
それでも、家族が楽しんでくれるなら、仕事は無理やりなんとかするしかない。
「そう言ってくれると思ったよ」
亮誠の返事に、一鷹が嬉しそうに言った。
「もー果慧!」
「いや!」
「嫌じゃないでしょ!お片付けしなさいっ」
電話を終えてリビングに戻ると、妻と娘がバトルの真っ最中だった。
入浴の前に、広げたおもちゃを片づけようとする冴梨の横から、片づけたおもちゃを再び引っ張り出す果慧。
見事な攻防戦だ。
「いーや!かえちゃあそぶの!」
「もうお風呂入ってねんねの時間!」
「いーや!」
「かー・・」
冴梨が果慧の抱えるおもちゃを取り返そうと腕を伸ばす。
慌てて亮誠が二人の間に入った。
「わーかった!ちょっとストップ」
「パパ邪魔!」
すかさず冴梨の雷が落ちた。
「邪魔って、そりゃないだろ。俺が風呂入れるんだし」
「駄目なものは駄目ってちゃんと教えなきゃ!果慧、パパが良いって言っても、駄目だからね!」
目くじらを立てて言い返す冴梨の腕を浮かんで抱き寄せる。
まずはこっちのクールダウンが先決だ。
果慧はひとまず放置、遊ばせておくことにする。
「もお、なに!?」
イライラが頂点に達したらしい冴梨が盛大に噛みついた。
夕飯の片づけもあるし、洗濯物も残っている。
果慧を寝かしつける時間が遅くなればその分、家事が遅れる。
眉間に皺を寄せる冴梨を宥める様に、額にキスを落として、亮誠が静かに言った。
「果慧の事は、後は俺がするから。帰りが遅くなってごめん」
言葉を正確に理解出来ない子供と二人きりで終日過ごすのは、なかなかストレスが溜まる。
まして、家事をしながら面倒を見るのは尚更大変だ。
一鷹程ではないが、極力育児に参加するよう努力している亮誠は、会議で帰宅が遅れた事を、まず冴梨に謝った。
どうしようもないとしても、独りで抱え込ませた事を申し訳なく思う。
「でも!」
「いーから、ちょっと落ち着け。な?」
背中を叩いてやると、漸く冴梨が小さく息を吐いた。
「冴梨に話があるんだよ」
「話って、果慧の事?」
「いや、違う。ちょっと果慧の事から離れろって」
「だって・・」
「ああ、分かってる。お前が一番心配するのも、気になるのも、果慧だもんな。
わが娘ながら、ちょっと妬けるよ」
果慧が言葉を覚えてから、めっきり夫婦の話題は娘一辺倒になっていた。
果慧がTVを見てこんな事を言った、こんな歌を覚えた。
毎日話してもネタは尽きない。
そして、その分夫婦だけの会話は減っていく。
黙り込んだ冴梨の頬を撫でて、唇にキスをする。
「果慧がいるのに・・ん・・・っ」
非難めいた視線を向けてきた冴梨の顎を引き寄せて、強引に二度目のキスをした。
おもちゃに夢中の娘は気づかない。
唇を離した後で、亮誠が笑う。
「これ位平気だろ。それより、さ」
「ん?」
キスの続きを始めるタイミングを窺いながら、亮誠が冴梨の後ろ頭を引き寄せた。
「さっき、一鷹から久しぶりに連絡が来たんだ」
「珍しいね、仕事の話?飲みの誘い?」
「どっちでもねぇよ」
「じゃあ・・」
「旅行行かないかってさ」
「え?」
「あいつら家族三人と、浅海さんとこと、絢花ちゃんたちも誘うって。後、幸さんの友達とかも呼ぶらしいけど。リゾートホテル押さえたらしい。たまには、ママも、主婦も休んで遊べよ?」
「・・・」
てっきり喜ぶと思った冴梨が、無言のまま俯いて、亮誠は半ばパニックに陥った。
予定では嬉しい!とか言って抱き付いて貰うつもりだったのに。
「え、ちょ、なんだよ・・・!泣いてるのか!?」
「だ、だって・・・どーしよ・・」
「行きたくないのか?」
「そんなことない・・・」
「だったらなんで・・」
「あたしの事、ちゃんと見てくれてるのが・・・」
両手で顔を覆った冴梨が、亮誠の肩に凭れかかりながら、小さく、嬉しい、と呟いた。
背中と後ろ頭を抱き寄せた亮誠が、苦笑いする。
「俺が見てないでどーするよ」
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