第41話 ナツノオワリ 篠宮さん家

「えー旅行?お前んとこと?」


「いや、正確にはうちと、浅海さん家。それから、桜ちゃんと、冴梨ちゃんの友達カップル。ほら、店手伝ってる、佐久間さん?」


「ああ、絢花ちゃんな、知ってる」


「そうそう、彼女と、その彼氏」


「あのさつき病院の跡取り息子かー」


「良く知ってるな」


「まあ、冴梨の周りのメンツの事は大抵頭に入ってるから。んで、ほかには?」


「後、幸さんの友達夫婦にも声をかける予定。仕事で面倒掛けた子がいるからね、罪滅ぼしの意味で」


「えらく大がかりだな、オイ」


珍しく電話をしてきたかと思えば、家族ぐるみで旅行に行かないか、と言われて亮誠は面食らった。


篠宮夫妻の愛娘果慧かえはもうすぐ3歳になる。


少しも目を離せないやんちゃ盛りで、男の子顔負けの元気娘で冴梨は毎日子育てに追われていた。


たまに暁鷹と遊ばせても、果慧が泣かせてしまう事の方が多い。


万一、将来暁鷹が女性恐怖症になったら、うちの子のせいかもしれないと亮誠は内心心配していた。


そんな暁鷹はというと、優しくしてくれる桜に夢中で、真剣に桜と結婚したがっているというから笑える。


その度、大人げなくやり返す昴を見て、一鷹と幸と桜が呆れているのだとか。


「幸さんたってのお願いだからさ」


「出たなー必殺鶴の一声!」


「いや、本気でやられた。あの顔でお願いって言われると、断れない」


「ばーか。今更惚気かよ」


「だって参るよ。あのひとどんどん綺麗になるんだ。妊娠すると、妻に対して愛情が無くなるとか聞くけど、あり得ない」


「あーそうかよ」


バカバカしくなって、電話を放り出してやろうかと思ったが亮誠は何とか堪えた。


妻の親友とその姉同然の夫婦が呼んでいるとなれば、冴梨は迷わず参加表明をするだろう。


ここ最近、果慧に振り回されて、趣味で始めたケーキ屋を休業しがちな冴梨だ。


このあたりで気分転換させてやるのもいいかもしれない。


「で、勿論来てくれると思っていいよな」


「んーそうだな。仕事は、まあ、なんとかするか」


ここで動かないわけにいかない。


多忙なのはお互いに言わずもがなだ。


それでも、家族が楽しんでくれるなら、仕事は無理やりなんとかするしかない。


「そう言ってくれると思ったよ」


亮誠の返事に、一鷹が嬉しそうに言った。


「もー果慧!」


「いや!」


「嫌じゃないでしょ!お片付けしなさいっ」


電話を終えてリビングに戻ると、妻と娘がバトルの真っ最中だった。


入浴の前に、広げたおもちゃを片づけようとする冴梨の横から、片づけたおもちゃを再び引っ張り出す果慧。


見事な攻防戦だ。


「いーや!かえちゃあそぶの!」


「もうお風呂入ってねんねの時間!」


「いーや!」


「かー・・」


冴梨が果慧の抱えるおもちゃを取り返そうと腕を伸ばす。


慌てて亮誠が二人の間に入った。


「わーかった!ちょっとストップ」


「パパ邪魔!」


すかさず冴梨の雷が落ちた。


「邪魔って、そりゃないだろ。俺が風呂入れるんだし」


「駄目なものは駄目ってちゃんと教えなきゃ!果慧、パパが良いって言っても、駄目だからね!」


目くじらを立てて言い返す冴梨の腕を浮かんで抱き寄せる。


まずはこっちのクールダウンが先決だ。


果慧はひとまず放置、遊ばせておくことにする。


「もお、なに!?」


イライラが頂点に達したらしい冴梨が盛大に噛みついた。


夕飯の片づけもあるし、洗濯物も残っている。


果慧を寝かしつける時間が遅くなればその分、家事が遅れる。


眉間に皺を寄せる冴梨を宥める様に、額にキスを落として、亮誠が静かに言った。


「果慧の事は、後は俺がするから。帰りが遅くなってごめん」


言葉を正確に理解出来ない子供と二人きりで終日過ごすのは、なかなかストレスが溜まる。


まして、家事をしながら面倒を見るのは尚更大変だ。


一鷹程ではないが、極力育児に参加するよう努力している亮誠は、会議で帰宅が遅れた事を、まず冴梨に謝った。


どうしようもないとしても、独りで抱え込ませた事を申し訳なく思う。


「でも!」


「いーから、ちょっと落ち着け。な?」


背中を叩いてやると、漸く冴梨が小さく息を吐いた。


「冴梨に話があるんだよ」


「話って、果慧の事?」


「いや、違う。ちょっと果慧の事から離れろって」


「だって・・」


「ああ、分かってる。お前が一番心配するのも、気になるのも、果慧だもんな。

わが娘ながら、ちょっと妬けるよ」


果慧が言葉を覚えてから、めっきり夫婦の話題は娘一辺倒になっていた。


果慧がTVを見てこんな事を言った、こんな歌を覚えた。

毎日話してもネタは尽きない。


そして、その分夫婦だけの会話は減っていく。


黙り込んだ冴梨の頬を撫でて、唇にキスをする。


「果慧がいるのに・・ん・・・っ」


非難めいた視線を向けてきた冴梨の顎を引き寄せて、強引に二度目のキスをした。


おもちゃに夢中の娘は気づかない。


唇を離した後で、亮誠が笑う。


「これ位平気だろ。それより、さ」


「ん?」


キスの続きを始めるタイミングを窺いながら、亮誠が冴梨の後ろ頭を引き寄せた。


「さっき、一鷹から久しぶりに連絡が来たんだ」


「珍しいね、仕事の話?飲みの誘い?」


「どっちでもねぇよ」


「じゃあ・・」


「旅行行かないかってさ」


「え?」


「あいつら家族三人と、浅海さんとこと、絢花ちゃんたちも誘うって。後、幸さんの友達とかも呼ぶらしいけど。リゾートホテル押さえたらしい。たまには、ママも、主婦も休んで遊べよ?」


「・・・」


てっきり喜ぶと思った冴梨が、無言のまま俯いて、亮誠は半ばパニックに陥った。


予定では嬉しい!とか言って抱き付いて貰うつもりだったのに。


「え、ちょ、なんだよ・・・!泣いてるのか!?」


「だ、だって・・・どーしよ・・」


「行きたくないのか?」


「そんなことない・・・」


「だったらなんで・・」


「あたしの事、ちゃんと見てくれてるのが・・・」


両手で顔を覆った冴梨が、亮誠の肩に凭れかかりながら、小さく、嬉しい、と呟いた。


背中と後ろ頭を抱き寄せた亮誠が、苦笑いする。


「俺が見てないでどーするよ」


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