第37話 ミルフィーユドレス

冴梨は、もう何十回目かの確認で、控室の姿見の前でくるりと回った。


何層にもなったフリルがふわふわと揺れて、まるでミルフィーユのようだ。


淡いレモンイエローのオーガンジーを数種類重ねたドレスは、繊細で、可愛らしいイメージだ。


背中が開いたデザインは、何となく気恥ずかしくて迷ったけれど、全体の雰囲気が一番気に入ったのでこれに決めた。


お色直しのドレスなんだから、若い肌を見せとけ!と亮誠の姉に背中を押されたせいもある。


頑張って伸ばした肩甲骨までの髪を緩くまいて、ハーフアップにした。


ウェディングドレスの時はアップにしてティアラを着けたが、お色直しは生花とリボンで可愛らしく纏めた。


いつも手早く結んでしまいがちな髪が背中で揺れるのは不思議な感じがする。


「もー何回目だよ」


披露宴では新郎新婦は見世物。


まともに食事がとれない為、控室には軽食が用意されている。


亮誠はさっき運ばれてきたばかりのサンドイッチを頬張りながら、冴梨に向かって手招きした。


黒のタキシードをそつなく着こなす彼は、どんなに言葉遣いが乱暴でも、ぶっきらぼうでも、やっぱり篠宮の跡取り息子だ。


こういう場面で、少しも気後れすることなく堂々とした立ち居振る舞いをする亮誠。


見ていて惚れ惚れするし、頼もしくもあるが、冴梨の緊張が全く理解して貰えないのはツライ。


「そんな何回も見たって、変わんねーって。ほら、ちょっとは落ち着いて座ってろ。お前が気ぃ遣わなくて済む様に、側付き外して貰ったんだろ。今のうちに食っとかねぇと、二次会で飲まされた時困るぞ」


「このドレス、立つのも座るのも困るのよ!フリルに変な皺が寄ったら嫌だし」


「後で見てやるって、いいから、ほら、座れ」


強引に自分の隣に冴梨を座らせた亮誠が、サンドイッチを手渡す。


「食欲なんてない~なんでこの状況で食べられるわけ!?」


「笑って座ってりゃ終わるんだから、楽なもんだろ」


「ちょっと!?」


「いや、悪かった。言葉を間違えた」


目くじらを立てて言い返した冴梨の肩を掴んで、亮誠が慌てて訂正する。


「何もかも全部間違ってるけど!?」


「怒るなって、お前腹減ってるから怒るんだろ?」


「コルセットぎゅうぎゅうだから、食べれないの!」


「一口でもいいから食べろよ」


「んー・・・」


目の前に差し出された卵サンドに噛り付いた冴梨の髪を撫でて、亮誠が真面目な顔で告げる。


「酔いつぶれて帰るとか、絶対ナシだぞ」


「飲まないから平気、それは亮誠でしょ」


「俺は潰されないから平気。お前の方が心配だ。チャンポンなんて以ての外だぞ。乾杯は振りだけして、全部捨てろよ」


「分かってる」


唇を尖らせた冴梨に軽くキスをして亮誠が笑う。


「やっといつも通りになったな」


「え?」


「緊張でガチガチだったろ?」


「だって、緊張するよ?あたしはこんな大人数に囲まれた事なんてないし。


皆こっち見てるし」


「ばーか、あたりまえだ。今日の主役見ないで誰を見るってんだ」


「それはそうなんだけど」


視線を下げた冴梨の項を、亮誠の指が撫でる。


「俯くな。綺麗だよ。安心して笑ってろ」


「・・・ほんとに?」


「今日みたいな日に嘘つくかよ」


呆れた口調で返して、亮誠が冴梨の顔を覗き込む。


「うん、俺の花嫁は世界一だ」


「・・・それは言い過ぎ」


小さく笑った冴梨の頬にキスをして、亮誠が緩く彼女を抱きしめた。


「そうやって笑ってろ。あとは俺が何とかしてやるよ」


「頼もしい発言」


「安心したろ?」


「・・・うん」


悔しいけれど、さっきまでの緊張はこの数分間で綺麗に吹き飛んだ。


頷いた冴梨の耳たぶを甘噛みして亮誠が笑

う。


「俺は夜が待ち遠しいけどな・・・」


「やっ・・・ん・・・」


耳元で響いたリップ音に冴梨が身を捩る。


「このドレス買い上げ?」


「分かんない・・・なんで?」


「脱がせ方分かんないと困るから」


「な、何考えてんのよ!」


「お前も自分一人で脱げないだろ?だったら、俺がやるしかない」


背中が編上げのリボンになっているドレスは、確かに一人で脱衣出来ない。


曖昧に頷いた冴梨が、背中を向けてリボンを見せた。


「たぶん、これを解いたら、後はホックだけだと思う」


「ふーん・・・」


呟いた亮誠の唇が背中を滑った。


「やだ、何!?あ、駄目ってば」


剥き出しの背中に亮誠がキスマークを残す。


「髪で隠れるから平気だろ?・・・今日だから許すけど、あんまり肌見せるな」


そっぽ向いて呟いた亮誠の耳たぶが赤くて、冴梨はますます何も言えなくなる。


亮誠のあからさまな嫉妬は珍しい。


冴梨は伝染した頬の火照りを押さえながら小さく頷いた。

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