第34話 待ち伏せ

大学進学を機になし崩しのまま始まった亮誠との半同棲は、実は周りが騒ぐ程胸ときめくものではなかった。


冴梨にとって高校生活は”バイト三昧”の3年間の予定でまかり間違っても”恋愛”なんて項目は入っていなかった。


そんなものとは無縁の中学生活を送っていたので。


だから”付き合う”ことになったのは亮誠が初めてだ。


他の恋愛と比べようがない。


冴梨の両脇を固める二人のうち桜とだけは恋愛経験があったけれど・・・



桜は恋愛に重きを置かないタイプの人間だったので、塾で知り合った男子校の彼に告白されて、何となく付き合ってけれどそのうち面倒くさくなって破局。


というパターンを入学時から繰り返していて、桜が心底追いかけたのは現在同棲中の浅海昴ただ一人だけ。


絢花はというと、典型的箱入り娘で育ったお嬢様だったのでここ数年家族以外で男の子と口を聞いたこともない、という有様。


なので、冴梨同様、友英の生徒会長が正真正銘初めての彼氏だった。


そんな2人の恋愛経験は少しも参考になりはしない。


しかも、冴梨の彼氏は普通の学生ではなかったので事態は尚更深刻だ。


そもそも、冴梨の思い描いていた”同棲”とは大学生の彼のワンルームに授業の後仲良く手を繋いで向かったり小さなキッチンで彼の為に一生懸命料理をしたり。という可愛らしいものだったのだ。


ところが現実は亮誠の暮らすマンションはセキュリティ完備のオートロックの3LDK。


しかも彼は大学生ではなく社会人。


しかも、有名洋菓子店ガーネットの取締役に名前を連ねる御曹司。


当然のことながら、超多忙。


ふたりで仲良く料理をしたこともなければ一緒に大学からマンションまでの道を仲良く歩いたこともない。


亮誠がこうも強引に半同棲に持ち込んだのは冴梨が亮誠との生活のすれ違いに不安を感じることを先読みしたうえでの行為。


つまりは、冴梨の為だったのだけれど。


同じ家に暮らしているとは言っても殆ど顔を合わせない”半同棲”に不満を募らせるのは仕方ないことだった。


それでも


「理想と違うー」


とブツクサ本人を前に文句を言えないのは必死に働いた亮誠が、どんなに遅くなってもよほどの事がない限り家に戻るようにしてくれているのを知っているからだ。



大学1年の夏を終えて半同棲生活もそろそろ半年になる。


授業の後バイトが無い冴梨と桜は絢花に付き合って駅前に買い物に出ていた。


「カズ君と旅行に行くから秋服見に行きたいんだー」


「いーなー!!旅行!!何処行くの?」


「伊勢」


「へー・・やっと涼しくなったしね」


「うん。伊勢神宮にお参りしたいなって話をしたら、旅行行こうか・・ってカズ君が言ってくれたの」


砂糖菓子のような笑みを浮かべる絢花。


平日に時間が取れるのは大学生ならではだ。


桜と冴梨は顔を見合わせて苦笑する。


自分たちには到底無理な日程である。


ノルディック柄のポンチョを手に鏡の前で小首をかしげる絢花にむかって桜がにっこりほほ笑む。


「すっごく可愛いわよ。こないだ履いてたレースアップのブーツとタータンチェックのスカートと合わせても可愛いと思う」


「去年かぶってた紺のベレー帽も合うよきっと」


「あ、そっかーいいかも!電車の乗り換えとかあるし、沢山歩くから動きやすい格好で、荷物は少なくって思ってるんだけど・・」


「「いーなーぁ」」


旅行なら行ける範囲は車で移動が基本パターンだ。


電車なら新幹線1本で動いてその先は間違いなくタクシー。


オトナの旅行と言われればそれまでだけど卒業旅行のようなドキドキ感はない。


「無い物ねだりなんだけどねー」


しみじみ呟いて桜が絢花にグレーのジャンパスカートを持って行く。


「その中にこれ合わせても可愛くない?」


一臣と付き合うようになってから絢花はカジュアルな格好が増えた。


基本、ひざ丈のフレアスカートにレースかリボンの付いたトップスといういかにも”聖琳”な格好ばかりしていたのに。


はしゃぐふたりを眺めながら冴梨はふと思う。


あたしは、亮誠と付き合うようになって何か変わったのかな?


「冴梨ー、こっちとこっちどっちがいい?」


ハンガーに下げられた2着の服を手に桜と絢花が揃ってこちらを見てくる。


「うーん・・どっちかなー」


歩き出した冴梨のカバンの中で携帯が鳴りだした。


”亮誠専用”の着信音。


昨日の夜


『明日から2日間泊まりだから』


と聞いたはずだったのに。


なんせまともに会うのは2日にぶりだったのでその他にも沢山話をしたい事があった。


眠る寸前まで話し込んだ為出かける時間や宿泊先を確かめる事が出来なかった。


結局、翌朝も顔を合わせる事が無かったので、確かめることもできないまま。


慌ててカバンを開ける冴梨に気づいた桜が問いかける。


「どーしたの?」


「電話みたい・・」


「篠宮さん?」


「うん。ごめん、ちょっと行ってくる」


そう言い残して携帯を取り出すと大急ぎで通話ボタンを押した。


「もしもし!?」


「俺ー」


「知ってるわよ。何かあった?」


「あった」


溜息交じりにそう言う亮誠の声はどこか疲れているようだった。


「なに?」


胸を不安が過る。


「お前まだ大学?」


「ううん。駅ビルで買い物してるけど・・」


「帰ってきて」


「へ?」


「書類忘れた事に気づいて、家戻ったら家の鍵忘れた」


「えー!!」


キーケースにいつも家の鍵と会社の鍵、車の鍵はセットしてあるはずなのに。


冴梨に疑問に亮誠が


「車、車検出してるだろ?」


と答える。


「あー・・そっか」


「社用車使って戻ったんだよ。待ってるから、帰ってきて」


こうやって亮誠から”帰ってきて”と頼まれることなんて滅多にない。


緩む頬を堪え切れない冴梨は


目の前に亮誠がいなかったことに心底ほっとした。


いたら、からかわれること間違いない。


「嬉しくないけど、すぐ帰るよ」


そう言って一度出た店に戻る。


「嬉しい癖に」


聴こえてきた茶化したセリフは無視。


「いーから待ってなさい」


憤然と言い放って電話を切る。


試着室の前別の洋服を物色中の桜を捕まえて事情を掻い摘んで話した後、すぐに帰ることにした。


電車で10分。


駅前のマンションで良かったと思う。


これが、篠宮の実家だったりしたら電車とバスを乗り継いで小一時間はかかってしまう。


亮誠の事だから、上手く根回しはしていると思うけれどそれでも足早になる。


マンションのエントランスは鍵を差し込んで開ける方法と暗証番号で開ける方法がある。


面倒なので、いつも自宅の鍵で電子錠を解除していたがもうひとつの方法で中に入ったらしい。


エレベーターを降りて廊下を進むと部屋の前に見慣れたスーツ姿が見えた。


「亮誠」


「おー・・おかえり」


壁に凭れていた背中を離して、亮誠がこちらに向き直る。


「ただいま」


家の鍵を彼に向かって掲げたら、手を伸ばされた。


けれど、受け取ると思っていた鍵を持った右手はそのままスルーされてしまう。


亮誠の右手は冴梨の頭に落下した。


よしよしと子供にするように撫でられる。


帰ってきたことを褒められたのかと思って


”偉いでしょ?”


と言いかけたら


「嬉しそうな顔して」


と笑われた。


「は?」


「そんなに俺が帰ってきて嬉しいか」


「意味分かんないしっ呼び戻したのそっち!」


「さーえ」


プイっとそっぽ向いた冴梨を抱き寄せて亮誠が優しく名前を呼ぶ。


「ただいま」


聴こえてきた声に胸が震える。


冴梨が亮誠に腕を回したら、唇が触れた。


結局冴梨は小さく息を吐いて自分の負けを認めることになるのだ。


「・・・おかえり」


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