第33話  チョコの逆襲

いつもいつもそばに居られるわけじゃない。


亮誠の持つ責任と重圧の大きさはもう嫌というほど分かっていたし。


”敵わない”ことが多すぎる位あることもちゃんと”理解”していたのだ。


高遠冴梨の”大人の女”の部分では・・・





☆★☆★



バレンタインなんてねーえ、所詮お菓子メーカーの陰謀よ!!


2月14日が恋人たちの”特別な一日”なんてあんなのみんな嘘っぱち!!


だから、バレンタインデーに会えなかったことはちっともショックなんかじゃない。


はずなのだ。




2週間ぶりに篠宮本社のビルのエントランスを抜ける。


木曜日の午後14時。


こんな中途半端な時間でもビルのフロントは人がたくさんいる。




亮誠に頼んで入れて貰った”ガーネットパティシエによるスイーツ教室”



毎月2回篠宮の本社ビルの大きな調理室で行われるお菓子教室はいつも大盛況だ。


お店のポイントカードに記載のあるHPアドレスから予約をして、人数が多い時には抽選になることもある。


フランスの有名店で修業を積んだベテラン講師の教えるお菓子はどれも最高に美味しくて、見た目もオシャレ。


しかも、プロのレシピを簡単にアレンジしてあるので初心者にもチャレンジしやすい。


味よし、見た目よし、低コストとくればこの不景気だって女の子は頑張っちゃうのだ。



自分で美味しいスイーツが作れるなんてこんな素敵なことは無い!!!



大学に入学すると同時に亮誠からは篠宮の役員が持つ”IDカード”を渡された。


社員用の出入り口のカードキーと、社員専用の接客フロア(常にガーネットの商品と数種類のドリンクが置いてある)の認証キーにもなるもの。


けど・・・あたしは一度だってひとりの時にコレを使ったことは無い。



亮誠と付き合っているだけで”篠宮”の内部の人間になったような顔は出来ないから。


”何年か後”あたしが”篠宮”の一員になるのだとしてもそれはやっぱり未来の話でイチ大学生の今のあたしじゃとてもこのカードを使って亮誠の大事な仕事場に足を踏み入れる気になれない。



有難いことに、会社の人たちにあたしの顔は知られていない。


(これは亮誠と彼のお父様の配慮でもある)


だから、エントランスも堂々と通り抜けれる。


だって今日のあたしはただのお菓子教室の生徒だし。




「絢花!ごめん、遅くなっちゃった」


エレベーター前で、あたしを待つ絢花を見つけた。


携帯を手に俯いていた彼女が顔を上げて微笑む。


高校卒業を期にあてたパーマのせいで甘い雰囲気がますます柔らかく女の子らしい印象を受ける。


(そりゃー綾小路くんも大絶賛するわ)


「ううん。今来たとこー」


「桜は?」


「先に上がって席取っとくって。今日、ヒールの高いブーツだから立ってるのしんどいみたい」


「そっか、ごめんねー。上がろ」


「うん。あー、そうだ。幸さんからね、あたしたち3人にエプロンのプレゼント貰ったって」


「え?」


「お菓子教室行くって桜が言ったら、お揃いの買ってきてくれたらしいの。イチゴ柄の可愛いやつ。後で見せて貰おうねー」


可愛い従妹の為に、エプロンを選ぶ幸さんの姿が目に浮かぶ。


「ほんっとに幸さんって、桜に甘いよねー・・」


「ほんとにねー」


クスクス笑って、絢花が”今に始まったことじゃないけどね”と付け足した。




★★★★★★




本当は来るつもりなんて無かったのだ。


教室が終わったらすぐに帰るつもりだった。


仕事の邪魔するのは嫌だし、どんな顔して会えばいいのか分からないし・・・


何より、仕事中の亮誠はいつもよりずっとずっと遠く感じてしまうから。




☆★☆★




エントランスの入り口で亮誠のお父様に鉢合わせしちゃうなんて・・・


こっそり溜息を吐きつつ、亮誠の私室のソファに居心地悪く座るあたし。


「あいつもすぐに戻って来るから、お茶位飲んで行きなさい」


そう言って押し切られるようにここまで来てしまったけど・・


話相手をしてくれるはずのおじ様は、なんとその後すぐに来客が入って席を外してしまった。


タイミング間違った気がする・・・


さっき下で会った時に、上手い言い訳して桜たちと帰れば良かった。



ものすごーく・・居心地悪い。


あたしの存在って・・・めちゃくちゃ浮いてる。


ここに居ると”何もできないあたし”を改めて実感する。




亮誠と一緒の時だと全然平気なのになぁ・・・




手持無沙汰でぐるっと部屋の中を見回したら、背後でドアの開く音がした。


「いえ、その件は後日メールでお返事します。ハイ・・・詳細はその時に・・・・・・・」


携帯片手に中に入ってきた亮誠を振り向いて迎える。


と、あたしを認めた途端彼が思い切り困った顔をした。


一瞬の沈黙。


・・・来ちゃ・・まずかった・・?


あたしの困惑気味の表情に気づいた亮誠がすぐにいつもの笑顔を見せた。


「え?あ、ハイ。大丈夫です。・・・分かりました・・・はい・・失礼します。・・・来てたのか」


携帯を閉じながら、なぜか左手を背中に回したままで彼があたしの方に歩み寄ってきた。


「お菓子教室の帰りにおじ様に会ったの。上がって行けって言われたから・・・まずかった?」


「いや?こっちに来るの珍しいから驚いただけ」


にこっと笑ってあたしの前髪を指でなぞる。


彼の家にいるときのように甘えられなくて、その指先を軽く握り返す。


「・・・忙しいんでしょ?」


机の上に積まれた書類やファイルの山。


きっと今日も遅くなるんだろう。


「まーそうだけど、この後打ち合わせに出かける予定だったからついでに送ってってやるよ」


安心させるように微笑む亮誠。


頷いたあたしは、彼が背中に隠している紙袋に気づいた。


有名百貨店の紙袋。


ガーネットが入っているお店のものだったのであたしも良く見慣れているそれ。


「買い物してきたの?」


純粋に疑問に思ったから尋ねたのに、亮誠の反応は明らかに”痛いトコ突かれた”という態度だった。


「・・え?ぁ・・・ああ。ちょっとな、貰いもん」


「ふーん・・・お菓子?」


これも、純粋な疑問から。


篠宮は洋菓子メーカーなので、百貨店に入っている他店のお菓子屋さんから良く挨拶代わりにお菓子を貰うのだ。


店舗移転や新店オープンの際に。


最近はお店の入れ替わりも激しいと聞いていたからまた新しいお店が入ったのかと思ったのだ。


なのに。


「え!?・・・・や・・・・まあ・・」


亮誠の視線が明らかに泳いだ。


なんて言い訳しようか考えてる時の表情。


2年も一緒にいれば嘘吐こうとしてることなんてすぐに分かる。


「・・・見せて」


つまり、あたしに見られたくないものをあたしに言いたくない人から貰ったのだ。



思いっきり不貞腐れて右手を差し出す。


亮誠がバツが悪そうに顔を顰めてから溜息とともに紙袋を差し出した。



「言っとくけど、他意はないからな。断れなかっただけで・・・・」


念を押すように言われて、あたしは紙袋の中を覗き込む。


「・・・チョコレート・・・」


老舗チョコレート店の有名チョコ。


ご丁寧にリボン包装までされてある。


添えてあるカードの文字は“ハッピーバレンタイン”


一週間前に終わったバレンタイン。


あたしたちは”何もなし”だった。


当日亮誠は仕事で帰りが遅かったし・・・


ようやく今週に入ってから、申し訳程度にふたりでチョコレートケーキを食べた。



特別なことがしたかったわけじゃない。


だけど。




「じゃあなんで隠すのよ?」


「お前がまたいらんヤキモチ焼くだろうと思って。知らないですむならそのほうがいいだろ?」


「ヤキモチなんか焼かないし!仕事で断れない時だってあることくらい、あたしだって分かる!」


「・・・・」


あたしの反論に、亮誠が目を丸くする。


その反応に腹が立って、剣呑な視線のままで問い返す。


「なによ?」


「・・・・いや・・・その切り返しはちょっと意外」


呟いて、紙袋をテーブルの上に載せると亮誠があたしの横に腰かけた。


距離が近づいた分だけ、なんとなくこっちの分が悪くなった気がするのは気のせいだろうか?


あたしは眉根を寄せたままで亮誠を睨み返す。


「あたし、言っとくけどそんなに子供じゃない」


言ってしまってから気づいた。


こーゆーこと言うから”子供”だと思われるんだ。


予想通り噴き出した亮誠が、あたしの右手を握る。


反対の手が不貞腐れたままの頬を撫でた。


「子供だなんて思ってねーけど・・・もっと拗ねるかと思った」


「・・・すっ・・拗ねるわけないでしょ!!」


頬を撫でた指が腰に回されて、亮誠があたしの顔を覗き込む。


視線を合わせたくなくて、彼の結ぶネクタイを見たら余計”大人”と”子供”だと見せつけられているような気がした。


やっぱり来るんじゃなかった。



悔しくても腹立たしくても振りほどけない指先。


この手が一番心地よい事をあたしはもう知ってしまっているから。



次の言葉を探す間に、亮誠の唇が落ちてきた。


一瞬の虚を突かれて目を閉じる。


次の瞬間、僅かに離れた唇が再び重なった。


こうなったら思考回路が急停止するのを誰より彼が一番分かっている。


怒ったあたしを宥める時も、拗ねたあたしを慰める時もいつも亮誠の唇は優しくて甘い。


陥落させられそうになるのを必死に堪えて目を開ける。


唇が離れると同時に彼の手があたしの髪をいとおしそうに撫でた。


「違うな・・・拗ねて欲しかったんだ」


「・・・ぇ?」


「黙ってようとは思ってたけど・・・バレたらバレたでお前が妬いて拗ねて怒ればいいと思ってたんだよ」


「な・・なによその身勝手な意見は!!!」


「そしたら、どんなに忙しくてもお前に構う理由が出来るだろ?」


あっさりそう言ってのけた亮誠にあたしは思いっきり言い返す。


「馬鹿」


予想通りの答えが返ってきたらしい彼が嬉しそうに笑ってそれからあたしの耳元で囁いた。


「・・・なあ、このチョコ俺が食って良い?」


数秒後、あたしが完全降伏したのは言うまでもない。




「駄目に決まってんでしょ!!」

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