番外編 これ以降は時系列バラバラなので、どっからでもOKです

第31話 storm×storm

ニュースの天気予報が台風の接近を告げる。


夕方から深夜にかけて暴風域に入る可能がりとテロップが流れる。


豪雨と強風に注意を呼び掛けるアナウンサー。


そんな日に、事件は起きた。





★★★★★★




「お母さん!!おかあさーん!」


「何よ、朝から大声出してー」


「リボン何処!?」


「リボンって夏服のリボンー?」


「そうー!!どこにあるのー!?」


「クリーニングの袋に入ってるでしょう!」


「ないのー!」


「ないわけないでしょ!」


「だってほんとに無いんだもん!!」


「じゃあまた探しとくから2個目の方つかいなさーぃ」


階下からのんきな母親の声がする。


冴梨はまとめかけた髪を振りほどいて勢いよく部屋を飛び出した。


階段を駆け下りて台所に駆け込む。


「2個目なんか意味無いのよ!」


「な・・なによ・・リボンでしょうが」


目玉焼きをお皿に載せながら驚いた顔で母親が見返して来る。


「それより、髪、何とかしなさい。ほら、もうパンも焼けるから」


制服のボタンもきちんとしまっていない娘の格好に顔を顰めて、母親が苦言を呈する。


「あの・・あのリボンはね!!特別なものなの!!」


「リボンでしょう?」


何を拘る必要があるのかと首を傾げる母親似、冴梨は眉を吊り上げて叫んだ。


「ただのリボンじゃないの!!大事なだいっじなリボンなんだからね!無くしたなんて・・お母さん絶対許さないから!!」


「あんたがクリーニングに出し忘れてるかもしれないでしょ」


「そんなこと無い!!夏服から冬服に変わるときに絶対クリーニング出してる!」


「じゃあ家のどっかにあるわよ。また掃除の時とか見とくから」


「またじゃないから!!」


「なによこの子は、もう。制服のリボンでイチイチ・・ほら、早く食べなさい!遅れるわよ!」


平然と焼き立てのトーストをさらに乗せる母親。


香ばしい匂い。


バターを塗って甘いジャムを乗せたら最高の朝ごパンの出来上がり。


非常にそそられる匂いだけれど、冴梨はそれどころでは無かった。


拳を握って言い返す。


「イチイチって何よ!お母さんの馬鹿!!あたしにとって制服とリボンの関係はねェ!太陽と地球位の必然性なのよ!!」


「何を馬鹿な事言って・・」


「もういい!!」



★★★★★★




「っは!?待て、お前なんて言った?」


亮誠は耳に当てていた携帯を話して、液晶が目に表示される通話先をもう一度確かめた。


それ位、ありえない状況だったのだ。


話をしている相手の口から出るとは思えない単語が聴こえた。


店の裏に入ってすぐのロッカールーム。


扉一枚隔てて、店舗と繋がるここは流れるBGMも接客の話し声も聞こえてくる。


が、一瞬総ての音が無に消えた。


そして、彼女の声が聴こえてくる。


「だから、今晩泊めてって」


「・・・」


「ちょっと、何でそこで黙るの?もしかして誰か泊める予定?」


険しくなった声に、亮誠が慌てて否定する。


「馬鹿!あるかそんなもん」


「じゃあいいでしょ」


「・・・本気?」


「本気ってなに?」


まだ訊く事があるのかと、険のある声が聞こえてくる。


「いや・・だから・・」


どうしてこっちがたじたじになるのかと思うもののあまりに冴梨の態度が平常過ぎて。余計に焦る。


と冴梨が不貞腐れたように言った。


「何よ、予定あるならいいし。桜・・は無理か。絢花にでも泣きつくから」


ここで漸く事態の異変に気づいた。


亮誠が慌てて問いかける。


「なにがあった?」


「・・・」


問われて冴梨がぐっと黙りこむ。


亮誠が優しく呼びかけた。


ここできつく問いただしてもますます口を閉ざす事は経験で知っている。


「冴梨」


「家出した」


「・・は?」


「とにかく、泊めてくれるのくれないの?」


「あのなぁ・・原因はなんだ原因は。ちゃんとわけを話せよ」


「女の事情よ!」


「何だそれ」


「・・ねえ、亮誠」


「あ?」


「あたし、これから委員会なの。本気で時間無いの。これ以上怒らせたら、携帯叩き切るけどそれでもいい!?」


こう言われるとぐうの音も出ない。


ロッカールームに置いてある小型テレビでは台風情報が流れている。


「分かった・・泊めてやる」


腕時計で時間を確かめた。午後16時半。


無意識に時間を逆算しようとする自分に呆れる。


甘くなったもんだ。


「何時に帰る?」


「申請出してないから18時には学校出なきゃいけないの。残れても後1時間ちょっとだと思う」


冷静になった冴梨が答える。


「18時に学校前な」


それだけ言って電話を切った。


雨粒がフロントガラスを叩く。


本降りになった雨を弾くワイパーの動きを目で追いながら、冴梨が渋々事情を説明し始めた。


「うちの学校には夏服と冬服で2種類のリボンを使うのね。で、そのリボンを卒業する先輩から貰うってのが伝統なのよ。あたしのリボンも、すっごい好きな先輩から貰ったヤツでね。卒業式に勇気出して貰いに行ったの」


「第二ボタンみたいなやつか」


ハンドルと握る亮誠の言葉に冴梨が頭を振る。


「違う、もっとスゴイよ」


「で、それをおばさんが無くしたと」


「クリーニング出したのはお母さんだもん。絶対そうにきまってる。しかもたかがリボンとか言うし!」


「んで、ちゃっかり荷物も用意して計画的に家出したと」


後部座席に載せられたボストンバック。


アレコレお泊まりグッズを詰めてきたらしい。


「・・迷惑?」


「あのなぁ・・ここでそういう事訊くか?」


苦笑いして亮誠が冴梨の髪を撫でた。


その手が優しくて、許された気持ちになって、冴梨は小さく笑った。


「一応確認しようと思って」


前髪を撫でた手が頬を通って耳たぶに触れる。


「一応な。んで、冴梨、どこに家出するか連絡したのか?」


「家出だから連絡しない」


「馬鹿かお前は、最低限居所は伝えるのが家出のルールだ」


「そんなルールあんの!?」


「ある、家に電話しろ」


視線で促されるも冴梨は携帯を握ったまま動かない。


「さーえ」


「だって・・あたしにも意地があるもん。お母さんも勝手にしなさいって言ったし」


「売り言葉に買い言葉だろ。姉貴も親父とよくやってたよ」


溜息を吐いて亮誠がウィンカーを出した。


馴染みの深いマンションの地下駐車場に滑り込む。


車を停めると同時に、亮誠は自分の携帯を開いた。


無言のままでどこかに電話をかける。


「もしもし、突然御連絡して申し訳ありません。篠宮です。こちらこそ、お世話になってます。今、お嬢さんと一緒なんですが・・ハイ。こんな天気ですし、意地もあるみたいなんで、今晩は家でお預かりしてもいいですか?」


通話相手に気づいた冴梨が身を乗り出して来る。


「ちょっと!」


けれど冴梨の腕を押さえたまま亮誠は続ける。


「明日にはお返しします、はい、失礼します」


そしてそのまま通話を終えた。


「よし」


満足したように携帯を切ると、シートベルトをはずす。


冴梨は開いた口がふさがらない。


電話越しに聞こえてきた母の上機嫌な声も耳に残る。


”我儘な子ですいません”


だあ!?


悪うございましたね!あんたの娘よ!


「な・・何勝手に電話してんのよ!!ってかあたし、まだ怒ってるんだけど!よし、とか言って終わらせないでよ!」


「怒るってエネルギーいるんだぞ。引っ込みつかなくなる前に、やめとけ。お前の気持ちはわからんでも無いけどな」


というか、ほぼ分からない。


第二ボタンをめぐる壮絶な争いというのは女子だけに許された特権であって男の自分には一生縁が無いものだ。


しかも、残念ながら母校には白線流しのような青春的伝統も無いし。


ってかそもそも男子校だし。


というわけで、冴梨が目くじら立てて怒るその気持ちは、まあ半分程理解できれば上等だと思う。


が、この場合そこは重要ではない。


要は理解を示す事。


これが何より重要だ。


冴梨の怒りを一刻も早く解く事。


「卒業式に、メッセージ書いてくれたの。先輩が、あたしだけに。嬉しかったなぁ・・宝物なのよ」


「そんな好きか」


「うん、今もずっと憧れてる」


届かなくて、遠くて、だから少しでも近づきたくて。


女子高特有のこの感情はきっと誰にもわからない。


「で、今日のそれは?」


「これは自分の。いつかあたしも後輩にコレあげるんだ」


胸元を押さえた冴梨の腕を引く。


こちらを彼女の顎を捕えた。


そのまま引き寄せる。


「っ!」


自然と重なる唇。


「いい思い出で何より。ちょっと妬けるけどな」


啄ばむように2度3度とキスをして、冴梨が目を閉じた隙にシートベルトを外した。


「ちょ!ちょっとじゃ無くない!?」


言葉と態度が裏腹過ぎる。


慌てる冴梨の頬にも唇を落とした。


体が自由になった冴梨の体を遠慮なく抱きしめる。


抵抗するように突っぱねていた腕が、陥落されてシートに落ちた。


唇を離した亮誠が、吐息が触れる距離のままで意地悪く笑う。


「返しませんって言いきったから、これ以上はなぁ?」


「何?」


不安げな冴梨の耳たぶに口づけて亮誠が訊いた。


「んで、今晩何する?」


「寝るわよ!当たり前でしょ!」


泣きそうな冴梨の反論は何度目かのキスに飲みこまれた。

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