第28話 レーズンサンドで愛深まる?
亮誠ってちゃんとした大人だったんだな・・・
今日改めて実感した。
玄関で母親にいつも通りの笑顔で挨拶をして、突然現れた娘の彼氏に及び腰な父親に自己紹介して、さっきまでの緊張は微塵も見せないで、彼は終始ちゃんとした大人の対応してみせた。
大学生で、けれど、父親の会社を継ぐための準備をしている亮誠なので、社会人の顔を持っていることは知っていたけど。
こうして間近でそういう亮誠を見るのは初めての事で、ただただ圧倒されてしまう。
「篠宮くんの気持ちはよく分かった。だけどね、その・・・冴梨は、見ての通り普通の・・・私と家内の大事な一人娘だ。余計なことかもしれないけれど・・・・その・・・・君みたいな・・・ちょっとうちとは違う家庭で育った人と縁続きになると気苦労も増えるだろうし、何よりこの子の自由が奪われる。私たちは冴梨には普通の幸せを手に入れて欲しいと思ってるんだよ。多くは望まないから、人並みに幸せでいて欲しいんだ。それを君は叶えられるのかな?」
「ご心配は重々承知しています」
父親の言葉を遮って、亮誠が真剣な表情で頷いた。
冴梨はというと、父親の言葉にただただ感動してしまって言葉を紡げなかった。
こういうとき、本来ならば彼氏のきちんとした態度を見て惚れ直すってのがベタなのだろうけれど。
このときの冴梨は、亮誠よりも普段言葉少なな父親が、はっきりと大事な一人娘と言ってくれたことが嬉しくて堪らなかった。
「お嬢さんが、まだ高校生である以上婚約は卒業まで待つつもりで居ます。もちろん、その間もマスコミ関係にお嬢さんやご両親が煩わされるようなことは絶対に無いようにきちんと家の方で対処します。俺一人の力で抑えられればいいんですが、どうしても及ばない部分が出てくるので・・」
「それは・・・当然そうだと思うよ。君の真摯な気持ちもよくわかった」
「・・・・彼女に関することは、篠宮では無く俺が全力でフォローします。不安にさせるようなことはしません」
さすがの父親も
「ちゃんと日曜の夕方にはお送りますから」
の言葉にはたじろいだけれど。
結局は
「気を付けて行ってきなさい」
と旅行を認めてくれた。
そして、その日の夕飯。
「でも、お母さん安心したわ」
父親と亮誠の話にほとんど口を挟まなかった母親が、空のお茶碗を手に立ち上がりながら言った。
焼酎の入ったグラスを手に父親が母親の方をちらりと見た。
冴梨もつられてお漬け物をつまんだお箸を持ったまま顔を上げる。
「へ?」
「だって、有名な会社を継ぐような人なんだもの。もっとこう高圧的な感じで来られるかと思ったのよ。まあ、普段の篠宮さんは全然そんな感じしないけどね」
「金持ちイコール性格が悪いってのは母さんの思い込みだろう」
「だって・・・ねえ?ガーネットよ?」
「お母さん・・・世の中のお金持ちに失礼だから・・」
「あんたは、まだ学生だから分からないだろうけど。企業を仕切って行く人と、一緒に生きて行くってのは大変なことなのよ。だから、お父さんもああいうちょっと厳しいこと言ったのよ。まだ大学生の彼に・・・ねえ?」
母親のセリフに慌てたように咳払いをして、父親がお茶碗のご飯をかきこんだ。
「まあ、娘を取られるっていう微妙な父親心も・・」
「か、母さんおかわり!」
すかさず差し出されたビールグラスを見て、母親がきょとんとなる。
「・・・ご飯の、おかわりでいいのかしら?」
「そ、そうだよ!」
右手でスルメイカを口に運びながら必死に言い切る。
「お・・・おとうさ」
「はいはい、おかわりね」
冴梨の言葉を遮ってにこりと笑ってグラスを受け取る。
どーするんだろ・・・
台所に戻る母親の背中を確認しつつ小声で父親を呼んだ。
「お父さん!」
「んー?どした?」
「さっきの・・」
「さーえりー!食器拭いて行ってー!」
「・・・わかったからー」
「すぐよ、すぐー!」
ううう・・・お母さんのばか。
冴梨は仕方なく立ち上がる。
と入れ替わりに、お盆に山盛りご飯をのせた母親がやってくる。
・・・・や・・・やっぱり・・・グラス、に、入ってるし・・
ドン!とテーブルに載せられたグラスを見て父親がギョっとする。
「はい、お父さん。おかわり」
「・・・・あのな・・」
「お父さん、まーだお嫁に行ったわけでもないのに今からそんなじゃ、この先どうするの?娘の結婚式でウェディングドレスにしがみついて泣きまくるあなたの隣で着物着るなんて嫌ですからね」
ぴしゃりと言い放つ母・・・強し。
「ひ、一人娘なんだぞ!たったひとりの!!」
「ええそうよ。私とあなたの大事な娘です。だから、ちゃんと幸せになれるまで、しっかり私たちで守ってやりましょうよ?それが出来るのは私たちだけでしょう?」
「母さん・・・」
さすがお母さん・・・お父さんのコントロールは心得てるなぁ・・・
「お嫁に行くのなんて、まだまだ先の話よ?それまでは、家族三人で楽しくやりましょうよ」
食器を拭く手を止めて、冴梨は食卓に戻る。
だって、こんなこと言われて食器なんか拭いていられない。
「そーだよー。まだまだずーっとお父さんとお母さんのそばにいるからね!でも、亮誠もいい人だったでしょ?」
「・・・うん・・・まだ若いのに、しっかりした青年だった・・・で、でも、結婚とか、まだまだ早いからな!」
「来年の春には婚約するつもりみたいだけど」
「おかあさ」
「だって、篠宮さんもあんたもその気なんでしょ?」
「あ・・・う・・・うん・・・結婚とか、将来とかまだわかんないけど。一緒にいたいと・・思ってる・・」
「・・・そうか・・・」
「あ、でも、ちゃんとそれまでは家にいるし!」
「当たり前だ」
「・・・はい」
冴梨は神妙に頷いた。
い・・一緒に暮らそうって言われたなんて言えない。
真面目な顔で向き合う冴梨と父親の横で母親は
「あっそ・・・まあ、好きにしなさいな」
なんてケロッとしていて。
「母さん!」
「だって、この子今年やっと18よ?好きになったらすぐ結婚したいー一緒に住みたいー。白い家にあなたーな年よ?恋したい年頃なのよー。娘が絶対この人じゃなきゃいやだ!って言い出すまでは黙って見守りましょうよ」
「・・・母さんはちょっとはどっしり構えすぎだよ」
夫婦の力関係が一気に分かる会話だ。
「だって、母親だもの」
にっこり笑って母親は、冴梨の手からたまごふりかけを取り上げると、グラスに盛られたご飯にさらさらと振りかけた。
父親の好きなふりかけだ。
「で、私が愛情込めて洗って炊いたご飯だから。ちゃーんと残さずに食べて下さいね」
「・・・いただきます」
文句ひとつ言わずにグラスのご飯を父親が口に運ぶ。
「冴梨」
「はい・・」
「というわけで。あんたも、あせらず、自分のこと、篠宮さんのこときちんと自分で考えなさい。後で後悔すること無いように。お父さんとお母さんはあんたを信用してるんだから。くれぐれも悲しませるようなことはしないように。いいわね?」
「はい」
「何かあったらいつでも相談するようにな」
「ありがと・・」
「さー、デザートに、篠宮さんのお土産のレーズンサンド頂きましょ!」
★★★★★★
亮誠がお土産に持ってきてくれた、父親の好物のレーズンサンド。
ベッドに凭れて頬張りながら、冴梨は電話越しに亮誠の声を聞く。
「それでね・・・やっぱりお嫁に行くまではお父さんとお母さんの側にいる」
自分で答えを選んだ。
いまの冴梨のベストな答え。
間違っていないと胸を張れる答えだ。
「そう言うと思ってたよ」
笑い交じりの声が返ってきて正直ほっとする。
「でも、亮誠のとこにお嫁に行くから」
「じゃあたまには泊まりに来て。部屋、空けてるから」
チラリと浮かんだ疑問はすぐに消えて、冴梨は頷く。
「・・・うん・・・・今日ね、お父さんもカッコ良かったけど・・
亮誠にも惚れ直したよ」
電話の向こうで、亮誠が優しく笑った。
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